は・や・く・し・て

 咄嗟に立ち上がった俺は、蒲倉と向き合う形で彼女の両肩に手を置いた。



「ちょ――ちょっとあれみたいだからッ、一旦落ち着こうか? 蒲倉」


「…………落ち着けませんよ。落ち着いてなんていられません」


「へ?」



 さっきまで余裕綽々だった様子の蒲倉が一変、耳まで赤くした彼女は潤んだ瞳を俺から逸らし、曲げた人差し指を腹を噛む。



「……蒼紫くんは、落ち着いたままいれるんですね。昨日、〝あんな事〟したばかりなのに」


「――あんな事?」



 すかさず反応したのは四羽だった。後ろから聞こえてきた彼女の訝しむ声が実に心臓に悪い。



「ちょっと、本気で止めてくれないッ⁉ 四羽に怪しまれるからッ!」



 四羽に聞こえないよう俺は声を潜めて説得する。


 すると、蒲倉は口から指を離して糸を引かせ、その言葉を待っていたとでも言うように不敵に笑い、耳元に顔を近づけてきた。 



「二人だけの秘密にしたいって事ですね? なら、私と四羽さん……どちらを優先するかは、言わなくてもわかってくれますよね?」


「…………」


「蒼紫くんの言った通り、私達は約束こそしませんでしたけど……でも、シた仲ですもんね?」


「…………わかッ」


「――くっつき過ぎだからッ!」



 わかったが最後まで出なかったのは四羽が俺と蒲倉を引き離したせい……いや、おかげ。 


 蒲倉とは違う意味で顔を赤くしている四羽が、睨みを利かせたまま俺に詰め寄ってくる。



「あんな事って……何?」



 勢いの割に口調は静かめの四羽。それが却って怖くはあったが……それ以上の人間がすぐ傍にいるから、どうしてもかすむ。


 俺を睨んでくる四羽の後ろにいる蒲倉が……口だけを動かしこう伝えてくる。




 は・や・く・し・て




 だから、眼前にいる四羽がどれだけいかろうと、何の効力も発揮しない。


 言い換えれば、俺は四羽をなめている。彼女なら、後からどうにでもできるだろうと、心のどこかで思ってしまっている。


 家族みたいなものとか言っておきながらこれだ。いや、逆に近しいからこそ、なめてしまうのかもしれない。


 でも、実際に舐めてしまった蒲倉にはやっぱり……逆らえる気がしない。


 それだけに、昨日の過ちに対する後悔が大きい。自分の理性があそこまで機能しなくなるとは思わなかった。





「……すまん、四羽。俺、昼は蒲倉と過ごすから」





 俺は四羽の問いを無視して、四羽を突き放す言葉を口にした。

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