まずい事をしたい

 後頭部の辺りに感じる柔らかさが俺の心をかき乱してくる。


 もしも俺がここで過ちに走ったとしても、彼女は受け入れてくれるだろう。


 これは自惚れではなく、つい最近彼女の口から聞かされた事をリピートしているだけ。



『あああああ――蒼紫くんさえ良ければ……私はいつでも構わないですからね? え……えっち』



 ……俺が耐えるしかないのだ。俺が負けたら最後――間違いが起きてしまう。


 そうならない為にも拒絶するしかない! そう俺は自分に言い聞かせ、己を奮い立たせた。



「な、何となくでもわかるでしょ! それぐらい!」



 雰囲気に吞まれないよう、必要以上に大きな声を出して示す抵抗の意。


 これで蒲倉が察してくれれば良いが……。



「わからないからこうして訊いているんですよ?」



 そう簡単にはいかず、甘い吐息が耳をくすぐってくる。


 負けじと俺は勢いのままに蒲倉を拒絶し続ける。



「じゃあ、わかんないままでいいッ! わかんないままでいいから、とっとと服を着て帰ってくれッ!」



 真後ろにいる蒲倉に言い放ってすぐ、俺は自分に驚いた。


 今まで彼女に対し本気の拒絶ができずにいたのに、こうもあっさりと言えてしまうとは。


 快挙と言えば大袈裟だが、確かな進歩だった。


 このまま蒲倉からの重たい愛を突っぱねる事ができたら良いんだが…………。



「……………………」



 黙り込んだ蒲倉がすんごい怖い。一体今どんな顔してるのか?


 怖いもの見たさでとかじゃなく、自分が安心したい為に確認したいのだが、それができない。


 後ろを振り向いたら平常心でいられる保証ができないから。だからこそ、狂気に満ちた蒲倉の顔を想像してしまう。



「……冗談です。本当は、わかってますよ? 私」


「……なら、今すぐ俺から離れてくれ」



 程なくして、蒲倉はわかっていたと打ち明けた。そんな彼女を俺は冷たく突き放す。


 が、蒲倉は俺の言葉を無視して、自由に自己中に話を続ける。



「何がまずいのか、ちゃんと理解しています。ちゃんと理解した上で、それでも私はまずい事をしたい」


「――――ッ⁉」



 病的なまでに白い二つの腕が陰部に伸びている事に気付き、俺は咄嗟に椅子から離れた。



「――うおわッ⁉」



 その際、足がもつれてしまい、俺は背中から転んでしまう。



「うぅ……いてててて……て……て………………」



 痛みを声に出していた俺は、そのうち声を出さなくなり、そして痛みも忘れた。



「私と――まずい事をしてください」



 不覚にも俺は見惚れてしまった。




 ――――――――――――。




 その後、毒に完全に支配された俺は、雨音と控えめな嬌声きょうせいを訊きながら絶頂を迎えたのだった。

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