結局のところ、気付かない振りをした理由は……

 俺以外の家族が外出中の家で、クラスメイトの女子と二人きり。


 外は未だ雨が降っていて、女子はバスタイムときたもんだ。


 この一人の時間、変な妄想を働かせるなと言う方が無理がある。家にいるのにまったく落ち着かない。



『ありがとうございます。蒼紫くんには、本当に感謝しかありません』



 今思えばあの瞬間はヤバかった。我ながらよく冷静に返したのと、褒めたいくらいだ。


 もしもの話、あの状況で後ろから抱きつかれでもしていたら、冷静でいられなかったかもしれない。


 今の彼女に誘われたりでもしたら……きっと……。


 ――いやいやいや、何を考えてるんだ俺はッ! 正気か俺はッ! 相手はあの蒲倉だぞ? 目的の為なら人殺しすらも躊躇わなそうな女だぞ?


 そんな相手に対し、一時の感情に身を任せたら、後々面倒な事になるに決まってる。



 ――パチンッ。



「うおッ⁉」



 不意に室内の照明が消え、俺は反射的に声を上げてしまった。


 え、停電? いやでも、雷とかなってないし……。


 原因を究明するべく、俺は薄暗い室内を見渡す。



「――――ッ」



 ちょうど真後ろだった。椅子の背に腕を置いて振り返ったら彼女と目が合った。



「お風呂……ありがとうございました」



 蒲倉だ。そりゃ蒲倉しかいない。自然の力じゃなく、ポルターガイストの類でもなければもう、人の仕業しかないのだから。


 だから電気を消したのも彼女しかいないわけで……俺が驚いてるのは別の部分にある。


 それはパッと見た段階で脳が警鐘けいしょうを鳴らすレベルの――変化というか〝格好〟。


 蒲倉は――髪が濡れたままのバスタオル姿で立っていたのだ。


 薄暗いとはいえ、視認できてしまえる。



「……ふ、服は、どうした?」



 目のやり場に困った俺は視線を窓の外に向けて訊ねた。



「まだ、動いていたので」


「それなら、もう少し風呂に浸かって待ってれば良かったのに」


「のぼせてしまいそうだったので……まずかったですか? この格好じゃ」


「ま、まずいに決まってるだろ! 普通に考えて!」


「……どうしてですか?」


「どうしてって……それは……えっと……その……」



 どう言葉で説明すればいいかで悩んでるわけじゃない。だって普通に考えてまずい理由は口で説明できるから。


 ペタ……ペタ……。



 躊躇っているんだ……説明するのを。



 ペタ……ペタ……。



 普通に恥ずかしいから。



 ペタ……ペタ……。



 いけない事に発展しちゃうかもしれないだろ! と言うのが恥ずかしいし、いけない事に発展すると考えてしまっている事も恥ずかしい。



 ペタ……ペタ……。



 徐々に近づいてくる足音に気付かない振りをする事、数秒……窓の外を見つめる俺の視界に、ファッ! と宙を舞う物が入ってきた。



 その物がバスタオルだと気付いた時にはもう、俺の上体は白い両腕に包まれていて――。



「どうしてまずいんですか? 蒼紫くん」



 耳元で囁かれた呪文の影響で、俺の体は硬直した。

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