天気の急変にご注意ください3

 誰の目にもわかるだろう急な変化。にも関わらず蒲倉は――、



「ど、どうしたって――何がですかッ?」



 すっとぼける。しかもこれが中々に下手くそで、いつもの狂気は鳴りを潜める。



「いやいや、何がってもうその感じが変だって。顔も凄く赤いし、それに体も震えてるっぽいし……ひょっとして体調悪い?」


「い、いえッ、そんな事は決してないのでどうかお気になさらず――それより、この近くに手洗い場はあります?」


「手洗い場? あ~、それならこの先にある公園のが一番近くかな」


「そうですか! ありがとうございます!」



 俺が公園のある方向を指で指し示すと、彼女は途端に瞳を輝かせ、雨に打たれるのをお構いなしに早歩きで先に行ってしまう。


 なるほどなるほど、我慢していたのか!


 そう俺は一人納得し、先行く蒲倉の後を追って雨に濡れないよう歩調を合わせた。



「――今更なんだけど、蒲倉の家ってどの辺なんだ?」


「どうしてです?」


「ああいや、この辺に住んでるんならそれなりに土地勘があってもおかしくないっていうか、トイレのある場所くらいわかりそうなもんだから……不思議だなぁと」


「なんら不思議な事はありませんよ、蒼紫くん」


「と、言うと?」


「学校から見て私の住んでいる家は、蒼紫くんの家とおおよそ反対方向の場所にありますから」


「…………」



 じゃあ何で俺と一緒に帰ってるんだ? という疑問が浮かんでくるのは至極当たり前な事で。


 俺がその当たり前を蒲倉に訊ねると、「一緒に帰りたかったからです」とだけ返ってきて、それ以上は何も言えなかった。


 というより、言わせてくれなかった。



「――あ! あそこですね!」



 蒲倉はそれどころじゃなかったからだ。



「すみません、蒼紫くん! ちょっとここで待っていてもらっても良いですか?」


「え――あ、おう」



 俺が頷くなり、蒲倉は公園の便所めがけて飛び出ていった。



「――――キャッ⁉」



 のだが、不幸な事に手前にあったぬかるみに足を取られ、蒲倉は水溜りへと正面からダイブしていった。



「だ――大丈夫かッ? 蒲倉ッ!」


「……………………」



 駆け寄り声をかけたが、蒲倉の返事はなく、雨脚が僅かに強くなる。



「……蒲倉?」


「……………………」



 2度目の呼び掛けにも蒲倉は応じず、打ちどころ悪く気を失ったのでは? と俺は心配になる。


 で、水溜りに運悪く鼻も口も浸かってしまってるんじゃないかと悪い想像を働かせた俺は、起き上がらせるべく彼女の肩に手を伸ばした。



「――もう、大丈夫です」



 が、その必要はなかったようだ。ついでに、悪い想像も杞憂きゆうだったよう。


 自力で立ち上がった蒲倉は、全身びしょ濡れの泥まみれだった。


 そしてもう一度、俺の目を見据えて彼女は繰り返した。



「もう……大丈夫ですから」



 ………………何が?

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