天気の急変にご注意ください1

 放課後。昇降口を出た俺は、今朝のニュースでお天気お姉さんが『夕方は天気の急変にご注意ください』と口にしていたのを思い出す。


 空は厚い雲に覆われていて、アスファルトの地面をまだら模様に変えていた。


 すぐに模様替えは終わるだろう。そのぐらいの雨量だ。



「――もう、さいあくッ! 何でいきなりこんな降ってくるわけ!」


「どうする? 弱まるまで待つ?」


「んんや、私は帰るッ! たとえずぶ濡れになろうとも! お家が待っているからッ!」


「あ、ちょっと待ってよ!」



 今しがた女子二人が鞄を頭に雨の中を駆けて行った。最悪と嘆いていた割には随分と楽しそうな後ろ姿だ。


 よし! 突っ立ってても仕方ないし――俺も続こう。


 女子達に倣って俺も頭上に鞄をセッティングし、『行くぞ!』と覚悟を決めた――その時だった。



「――傘、持ってきてないんですか?」



 バサッ、と開かれた藍色の傘が行く手を阻んできた。


 隣を見やれば微笑を浮かべている蒲倉が立っていた。


 ついに放課後にまで絡んでくるようになったか……。



「訊かなくてもわかるでしょ」



 俺は頭上に掲げた鞄をゆっくりと下ろし、蒲倉に短く返した。


 すると、蒲倉の差している傘が立ち上がり、俺を含めて頭上を覆った。



「なら、一緒に帰りましょ」


「いや、何か相合傘みたいだから遠慮しとくよ」


「何言ってるんですか――」



 横に逸れようとした俺を逃がさないよう蒲倉は腕を組んできた。しかもがっちりと……華奢きゃしゃな見かけによらず中々の腕力だ。



「ちょ、本気で恥ずかしいから離れてくれないッ!」



 空き教室とは違い、ここは放課後の昇降口。人の目が多い中で相合傘に恋人繋ぎとあれば、好奇の的になってしまっても文句は言えない。現にめちゃくちゃ見られている……とてもじゃないが耐えられない。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、蒲倉は更に体をくっつけてくる。



「離しませんし逃がしません! 私が丹精込めて作ったお弁当を蒼紫くんは残したのですから……ちゃんと責任取ってくださいね?」


「いやいやいや、あんな食べ方強要されてたらそりゃ遅くなるって! 残すなって方が無理あるから!」


「言い訳する人は好きじゃありません」


「言い訳って…………あ――じゃ、じゃあいっそ俺の事嫌いになってみれば?」



 物は試しと言うよりは、口から出だ望みだった。


 これで嫌いになるんだったら苦労はしないけれど、これで嫌いになってもらえたならどれだけ嬉しいかと……そういう意味での望み。



「……どうしてそう突き放すような事を言うんですか」



 当然、彼女に対して迂闊うかつな発言だったという自覚はある。だからやっぱりこれは物は試し感覚に近い。


 そして、わかっていた事ではあったがやはり――蒲倉は怖い。全力で拒否できない。



「じょ、冗談だよ。それより早く行こう! ここにいると邪魔になるし」



 俺は強引に会話を終わらせ、蒲倉を連れて昇降口を後にした。

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