どちらかと言えば……天国よりでした

蒼紫あおし雪斗ゆきと


 終わってみれば、地獄とも天国とも言い難い昼休みだった。


 蒲倉は豚バラ(以下略)のみならず、すべてのオカズを口移しで与えてきた。


 しかも白米に至ってはもはやディープキスのようなものでッ…………色々な意味でしんどかった。


 ちんたらしていたせいで完食には至れなかったが、それでも彼女はご満悦の様子だった。


 一方、俺はと言えば……現在進行形で心が深刻な状況に陥っている。


 気持ちが悪い有り得ない、どうか普通に食べさせてくれ! そう抵抗していたのにも関わらず、終わってみれば悪くないかもと、多少ながらも思ってしまった。


 しんどかったけれども、じゃあ苦しかなかったのかと問われれば、即答はできない。


 性格は最悪ながらも、容姿だけで言えば学校一と称しても過言じゃない蒲倉との口移し。


 互いの唇が触れてしまいそうになるギリギリの距離でのオカズ移しは、あらゆる背徳感が調味料となって俺の頬をとろけさせた。


 明るい時間帯に、学校で、女子と二人きり、食べ物を粗末にして、エッチな事をする。


 これら条件が揃って尚、盛り上がらない男子高校生が果たしてこの世にいるだろうか? まずいないだろう。


 もし、『俺は余裕だ』と名乗り出る者がいたら、そいつには是非、蒲倉との白米口移しを行ってもらいたい。それでも主張を曲げずにいられたら、その時は強がりじゃなかったと認めよう。


 ……俺には無理だ。というか、無理だった。


 本音を言えば、地獄とも天国とも言い難いなんてのも嘘だ。あんなの、天国寄りに決まっている。昨日の口づけも、今日の口移しも、強く記憶に残る事になるだろう。


 ただ一つ、たった一つ、大きすぎる欠点がある。


 それは蒲倉詩奈という存在そのものだ。


 ヤツのこじれた中身を知っているからこそ、俺は警戒心を緩めないでいられる。


 ……いや、緩めないでいられたが正しいか。


 今日、俺は一時の感情で自暴自棄みたく蒲倉に心を許してしまいそうになった。


 思えば昨日も、僅かながらにその気持ちがあった気がする。


 ――心配するな、俺ぇ。いくら自分を見失いそうになっても、瀬戸際で見つけ出せばいいんだ。最終的に自分を保っていれば良いだけの話。だから俺は大丈夫、あんな女に落ちるわけがない。


 そう己を律し、教壇に立つ教師を眺める五時限目。



「――――ッ⁉」



 人差し指が無意識に唇をなぞっている事に気付き、俺は下唇を強めに噛んだ。

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