目が合うまでの遅れ・揶揄われるようになったのは

 さっきの蒲倉の目は……本気だった。


 彼女の言う通りにしなければ、俺の体は無事では済まなくなる。


 そんな大げさな――と、俺だって思いたい。でも、あの黒く渦巻いてるような目を間近で見せられたら……もう。



「ほおぞ、あおひくん(どうぞ、あおしくん)」



 彼女は再び咥えた豚バラのアスパラ巻きを俺の前へともってきて、上下に揺らす。


 ……覚悟を、決めるしかないか。


 俺は眼前にある豚バラ(以下略)を一点に見つめたまま、鼻から大きく息を吸って、口から小さく吐いた。


 そして、『いざッ、参る!』と意を決して口を開いた――――その時ッ。



 ブヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ――ブヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。



 室内に音が響いた。


 見れば机の端に置いてあった俺のスマホが着信を知らせていて、ディスプレイには見慣れたアイコンが表示されている。


 ……四羽からか。


 そういえば彼女にLINEを送っていたなと俺は思い出し、スマホを手に取ろうとして――、



「へたらほろひまふよ?(出たら殺しますよ)」



 遮られた。物理的にじゃなく精神的に。


 出たら殺しますよ? 彼女は間違いなくそう言った。恐怖でそう聞こえたんじゃなく、そう言ったんだ。


 またあの目をしていたら嫌だなと、俺はビビりながら蒲倉に視線を向けた。


 実際、彼女の瞳は光が消え、黒く渦巻いていた。


 ただ、彼女と目が合うのはワンテンポ遅れた。


 俺が蒲倉の顔を窺がうまでの間、彼女は別の場所に視線を向けていたのだ。


 その別の場所に何があるのか、確認するべく俺が首を回そうとするが、



「きにひなふてひいでふ(気にしなくていいです)」



 これもまた遮られてしまった。




富士乃目ふじのめ四羽よつば




「――ごめん! ちょっと席外すね!」


「おっけ~。ウチらの事は気にしないで、蒼紫とラブラブしてきてな~」


「もう――そんなんじゃないってばッ!」



 そうあたしが強く否定しても、美紀みき真彩まやは「はいはい」とヘラヘラするだけ。雪斗が絡むと二人はいつもこうだ。


 あたしと雪斗はもはや付き合っているようなもの、前に美紀がそう言ってきた事がある。


 その時もあたしは否定した。


 でも、美紀は否定したあたしを否定してきた。


 そして真彩は否定してきた美紀に肯定した。


 だからあたしはもっと強く否定した。そうしたら――、



『んじゃ四羽は蒼紫の事が好きじゃないの?』



 何て言ってくるから言葉が詰まった。


 以降、今みたいに揶揄からかわれる事が増えてしまった……もう慣れたけど。



「――イケない事する時は人目のないとこ選べよな~」


「んなッ⁉ そ――そんな事するわけないでしょッ!」



 訂正……やっぱり慣れない。

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