左右非対称

「私ったらまた……ごめんなさい蒼紫君。どうも最近忘れっぽくて、つい」


「え? あ、まあ……思い出してくれたならいいけど」



 見間違いだったか? と流してしまいそうになるくらい蒲倉の切り替えは一瞬だった。


 けれど、彼女は確かに口元を歪めて暗く笑っていた。見間違いなんかじゃない。


 あの表情にどんな意味が含まれていたのか……当然、そこまでは読み取れていない。


 読み取れていないが、碌でもない考えからなるものであろう事だけは漠然とだがわかった。



「でも、蒼紫君がそうだからと言って、四羽さんもそうだとは限りませんよね? ――ね? 四羽さん」



 蒲倉は俺にした余計なお世話を四羽に対しても行った。



「……………………」



 が、四羽は何も答えなかった。


 すぐに否定の言葉を口にすると決め付けていただけに、その反応は予想外で、俺は顔を横に向け「四羽?」と意識の有無を確認するように名前を呼だ。



「――え? 何?」


「いや何じゃなくて……」



 リアクションからして完全に聞き漏らしていた四羽に、俺は『蒲倉蒲倉』と顎で指し示して教える。


 すると四羽は慌てた様子で蒲倉に向き直り「ど、どうしたの?」と聞き返した。



「四羽さんは蒼紫君の事、異性としてお好きですか?」


「――い、異性と、して?」


「ええ。異性として」



 ニコニコと余裕そうに笑っている蒲倉とは反対に、四羽の瞳は揺れている。


 蒲倉を前にしてからずっと様子がおかしい……ひょっとして四羽は蒲倉の事が苦手なのか?


 まったくらしくない四羽に俺が違和感を覚えていると、不意に彼女と視線が合った。



「――――ッ」



 俺の顔を見るなり下唇を浅く噛んだ四羽は、その頼りなさげな瞳を蒲倉がいる方へと戻した。



「す――好きなわけないじゃん」



 困ったように笑ってそう答えた四羽とは反対に、蒲倉は満足げに笑って「そうですか」と頷く。


 これにて用は済みましたとでも言うように身を翻した蒲倉は、「それじゃ」と俺達に一方的に別れを告げ、スタスタと去って行ってしまった。



「……あたしも、帰るね」


「え? あ、おう……気を付けて帰れよ」


「うん」



 そして四羽も俺に背を向けた。


 右を見れば自身に満ち溢れているような足取りで大きく、対照的に左はとぼとぼと今にも倒れそうで小さかった。



『邪魔者には消えてもらう事にしますね』



 蒲倉が見せた悪意ある表情の意味――狙いは四羽だとばかり思っていたが……これといって何かをしたようには見えなかった。


 いや、むしろ何もしていない。だというのに……。



「四羽のやつ……何だって急に」



 遠ざかる四羽の小さな背中を見て、俺は一人そう零した。

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