やけに素直な彼女が浮かべる悪意の笑み

「ど、どうして蒲倉がここに……」


「明日のお弁当に入れて欲しいおかずをお聞きしたくて。蒼紫君、何かリクエストはありますか?」



 俺の前までやってきた蒲倉が付き合って間もない彼女のような事を訊いてきた。



「お弁当……」



 四羽の呟き声が隣から聞こえてきたが、俺は無視して蒲倉に迷惑だとそれとなく伝える。



「明日の昼は友達と学食で済ませるから遠慮しとく……というか、これから先も作らなくていよ」


「どうしてですか?」


「いやほら、忙しい朝にわざわざ俺の分まで作ってたら時間の余裕なくなっちゃうでしょ? それはこっちとしてもちょっと申し訳ないというか……」


「ああ、それなら気にしなくてもいいですよ? それを踏まえた上で調整すれば余裕は作れますから」


「あ、うん。だから……」



 言っている内に何となくわかった。それとなくでは時間の無駄だと。彼女は間違いなく察してくれないと。



 つまり――引いてくれないと。



「――あ、すみません。前に出過ぎましたね……この件は忘れてください」



 であればアプローチの仕方を変えねば! と、思った矢先の出来事だった。


 自分を軸に地球が回っていると本気で信じていてもおかしくない蒲倉が、俺と四羽を交互に見て申し訳ない顔を浮かべ……引いた。


 蒲倉のこれまでを知っているだけに俺は驚きを隠せず、次に言葉を発するまでに数秒の時間を要してしまう。



「そ、そっか。ならお言葉に甘えて、忘れさせてもらう事にするよ」


「そうして下さい…………ところで、お二人はこれから何を?」



 蒲倉は俺から視線を移し、四羽に訊ねた。



「あ、えっと、ひ、久しぶりに雪斗の家にお邪魔させてもらおうかなーって、来た感じ」



 自分に振ってくるとは思っていなかったのか、四羽はつっかえつっかえに答えた。


 四羽にしては珍しいなと、隣にいる彼女に顔を向ける。



「……雪斗」



 直後、微かに蒲倉の声が聞こえ、俺は視線を戻した。が、彼女の表情にこれといった変化は見られない。



「そうだったんですね。これからお二人でお家デートだというのに私ったら……邪魔してしまって、申し訳ありません」


「いや付き合ってないから。お昼の時も言ったでしょ、それ」


「ふふ、そうでしたね。でも、傍から見てるとお二人はカップルにしか見えませんよ? ……蒼紫君、実は四羽の事好きだったりして」


「だから、俺と四羽はそういうのじゃないって……それもお昼の時に言ってるけど」


「……………………」



 蒲倉は声を出さずに笑う。


 それは、申し訳なさからくる表情なんかじゃなく、もっと黒い――。


 悪意からなる笑みだった。

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