ただそれだけの為に狂う彼女との口づけは

 辛うじて蒲倉との距離を保てているのは俺と彼女の間にポツンと机が置かれているからで、けれどそれはあまりにも頼りなく。


 机を回り込み俺の隣にまできた蒲倉は、微笑を維持したままこっちを見下ろしてくる。



「そ、そもそも四羽は俺を独占してなんか――」



「――こっち、ちゃんと見てくれます?」



 圧に耐え兼ねて目を背けてしまった俺の顔は、蒲倉の両手によってはガシッと雑に包まれ、強制的に前を向かされた。


 華奢な体躯のどこにそんな力があるのだろうか、笑っていない彼女の眼がもう逃げるなと俺を射抜いてくる。



「それで? 続きをどうぞ」


「だ、だから……そもそも四羽は俺を独占してなんかないから。そりゃ、他の友達とかと比べれば一緒にいる時間は長いけど、それを独占と捉えるのは絶対おかしい」



 俺がそう言い放った瞬間、蒲倉の瞳は生気を取り戻したかのように微かに揺れ、やがて弱々しく口の端を上げ、零す。



「おかしい……ですか」


「……………………」



 目に見えてわかる肯定はしなかった……否定もしなかった。


 だからこれは無言の肯定であり、それを蒲倉が察してくれたのか否かは判断しかねるが、少なくとも彼女の表情は明るいとは呼べなかった。



「おかしい……ですよね。私、蒼紫くんを好きになってからずっとずっと変なんです。説得力に欠けるかもしれませんが、その自覚はあるんです。好きになる前はこうじゃなかったのに……」



 蒲倉の言葉はまだ終わりじゃないようで、俺は黙ったまま続きを待つ。



「私だってフィクションのような綺麗で素敵な恋がしたいです。たとえそれが片想いであっても……なのに、いざ恋をする立場になったらもうダメで。権利どうこうの話だって売り言葉に買い言葉みたいなもので、ほんとはどうだってよかったんです。蒼紫くんが他の女の子と仲良くしているのが嫌、蒼紫くんが私に興味を示してくれないのが嫌……嫌嫌と駄々をこね続ける私はただ、あなたが好きで――あなたに振り向いてもらいたいだけなんです」



 か弱い姿だが、油断はできない。理解してくれたのかと思いきやまったく理解していなかったさっきがあるから尚更。


 同情を誘ってくるような口調・声調だったが為に、俺は神経を尖らせた……はずだったのだが、



「あなたへの好きが止まらないんです……ですからやはり」


 彼女が次に打って出た行動は予想外なものだった。


「ッ!?」


 口づけ。


 でもそれは長く貪るようなものではなく、花火のように瞬間的で。 


「邪魔者には消えてもらうことにします」


 すぐに顔を離した蒲倉は、もう一度俺にそう言い放つのだった。

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