隠し味には……
蒲倉の作ってきてくれたお弁当も残りわずか。
ここまでずっと蒲倉の視線を受けながら食べ進めてきたが、それもあと少し。この卵焼きで完食だ。
「ふふふ……卵焼きは私の一番の得意料理なんです。蒼紫くんに気に入ってもらえたら嬉しいな」
胸の前で手を合わせおっとりとした口調でそう言った蒲倉は、早く! 早く! と目で促してくる。自信があるのは結構なんだが、そうじっと見つめ続けられると食べるに食べにくくて仕方がない。
まあこれで最後なんだし、完食後に「美味しい」とか感想を残しておけば良いだろう。不味かったですなんて言ったらどうなるかわからないしな。
俺はそう自分に言い聞かせ、ぽいと卵焼きを口の中に放った。
「はああぁッ! ――蒼紫くんと〝一つになれたぁ〟……」
蒲倉が両手で頬を包み、うっとりした表情で意味深な発言をした。
その言葉の意味を知るべく、俺は咀嚼もそこそこに胃にぶち込み、蒲倉に訊ねる。
「一つになれたってどういうこと?」
「それはもう、そのままの意味ですよぉ。ところでお味の方はどうでしたか?」
話を逸らされた気しかしないが、無理せずここは一旦用意してあった感想を述べるべきだろう。
「美味しかったよ。蒲倉家では卵焼きは塩派なんだな。うちと一緒だ」
「はい。小っちゃい頃からずっとしょっぱい卵焼きでした…………うふふ、蒼紫くんが美味しいって言ってくて嬉しいです。それに……すごく恥ずかしいです。体が火照ってきちゃいますぅ」
「あ、あはは……さすがにそれは大袈裟でしょ。ところで、さっきの一つになれたって意味がやっぱりよくわかんないんだけど」
くねくねと恥ずかしげに身をよじらせる蒲倉に再度、俺は訊ねた。
すると彼女は一層顔を紅くし、きまりが悪そうにこっちをチラチラと窺がってきた。
「だ、だからそのままの意味ですってば……は、恥ずかしいから、あまり言わせないでくださいよぉ」
「いや、勝手に恥ずかしがられても……というか恥ずかしくなるような意味が含まれてるって余計気になるんだけど。出し惜しみしてないで教えてくれない?」
「……んもぅ。蒼紫くん、意地悪です」
問い詰める俺に対し蒲倉はぷくーっと頬を膨らませて不満を表すが、やがて観念したのか視線を逸らして人差し指同士をツンツンさせながら白状した。
「卵焼きに、隠し味として……その、私の〝汗〟を少々、加えたんですよぉ」
「……………………は?」
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