彼女が女神と呼ばれるようになったきっかけと、それから

 もともと、俺と蒲倉は頻繁に会話する関係じゃなかった。クラスメイトってだけで、言葉を交わすとしても他愛のないものだった。


 始まりは1ヶ月ほど前。それは蒲倉が女神と呼ばれるようになったきっかけであり、その後のひと悶着が俺と彼女のきっかけとなった。


 それらのきっかけを作ったのは俺らと同学年の藤二ふじ直虎なおとら。サッカー部のキャプテン兼エースを務めているイケメンで学業成績も優秀。たとえるなら蒲倉の男バージョン、これまた完璧に近い存在だ。



『藤二が〝姫〟に告白するらしいんだが……あれだよな、成就する前にあの野郎を殺めた方が良いよな?』



 情報を提供してくれたのは友人だった。狂気に満ちた笑みに物騒な物言いと、中々に強烈だったので鮮明に覚えている。因みに、〝姫〟とは蒲倉のことを指す。あの時はまだ人の域に留まっていたのだ。


 俺が聞いた段階では既に、学年の垣根を超え多くの生徒が知っていたという。そして、友人の台詞からわかる通り、藤二の告白はまず間違いなく成功すると予想されていた。


 根拠なんてものはなかったんだろう。ただ、藤二が振られる未来が想像できなかっただけ。消去法とも言える。



『――今日の昼休み、藤二の野郎が屋上で姫に告白するらしい』



 その翌日だったか。朝から切羽詰まった様子でいた友人が俺にそう伝えてきた。


 なんでお前が知ってんだ? 俺の問いに対する答えは『藤二が自分で言ってたらしいんだよ』だった。友人が直接聞いたわけじゃなかったから真偽は怪しかったが……まあ結果を知っている今は真実だったと断言できる。


 藤二自らが宣言した。要は公開告白だ。


 俺も友人に連れられ始終を傍観しに行ったが、まあ人が多かったのなんの。屋上はちょっとしたお祭り騒ぎだった。


 あの場にいた誰もがビックカップル誕生に期待、振られることなんてあっちゃいけない……そんな雰囲気に包まれていた。


 同調圧じみた状況を狙って作りだしたのか、はたまた単なる自信の表れか……藤二の真意はわからないが、もし仮に振るのだとしたらとてつもない勇気を必要とされるなと、そんな感想を当時の俺は抱いていた。


 そして結果は――、



『――ごめんなさい』



 多くの勝手な期待を裏切る形となった。



『あの藤二ですらダメだったんだ……姫に釣り合う男なんてこの世にいない! というより姫じゃない――――彼女は女神なんだ! 人間風情が恋心を抱いて良いお方じゃないんだッ! 尊ぶべき存在なんだッ!』



 後の友人の主張に何故か共感する者(野郎だけ)が出てきて、蒲倉=女神が定着した。


 一人の男の失恋が、一人の女子を神格化させてしまったわけだ。


 これが蒲倉が女神と呼ばれるようになったきっかけであり、凡人な俺と女神様の接点が増えたきっかけを作ったのもまた、前途の通り藤二である。


 蒲倉と藤二、当時者の二人とたまたま居合わせてしまった俺。この3人しか知らない告白後の話だ。

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