第12話

 そんなこんなで、土曜日。

 朝九時ごろに、待ち合わせの青柳モールに向かった。僕としては、休日にしては早い朝だった。寝癖を直さずに出ようとしたら妹に「そんなんでデート行くな!」とめちゃくちゃ怒られた。デートなんて妹には言ってないのになんでわかったんだろうか。そのせいで少し遅刻気味だった。

 上手さんは、すでに待ち合わせ場所で立っていた。この前と同じくパンツスタイルだったが、トップスがより明るい色のものに変わっていた。


「ごめん。待った?」

「あっ、ううん、全然待ってないよ」


 ふと左手に目をやると、小指にきなこからもらったペアリングをつけていた。

 僕も、今日はちゃんとつけている。妹に見られるのが恥ずかしかったので、家を出てからつけたのだが。二人でいる時はつけていよう、という約束だった。青柳高校は校則がけっこう厳しくて怒られるから、こういう時しか指輪をつける機会がない。


「指輪、してくれたんだ」

「うん。今日は二人だから」

「えへへ……ありがと。これかわいいよね。私、気に入っちゃった」


 と二人で話していたら、「こんにちはー」と江草さんに話しかけられた。山川も一緒だ。


「きゃっ、万帆ちゃんそのワンピースかわいい!」


 突撃してくんかくんかする清宮さんほどではなかったが、上手さんは江草さんにかなり近づいていた。この短期間で仲良くなったらしい。まあ誰とでも仲良くなれるタイプだからな。


「上手さんも、私服、なんかかっこいいですね」

「か、かっこいい? かわいいじゃなくて?」

「あ、いや、もちろんかわいいですよ、上手さんってそういうイメージだったので……あれ、指輪してる?」


 江草さんも指輪の存在に気づいたようだ。ちなみに江草さんと山川は、特にアクセサリは身につけていないようだ。


「うん! これ、南條くんとお揃いなんだよ」


 上手さんに促され、僕も指輪を見せる。


「お、おそろいの指輪……」


 江草さんはものすごくキラキラした目で二人の指輪を見たあと、その目で山川を見た。


「おそろいの指輪……わたしたちも……」

「……今度、探しに行こうか」


 江草さんの期待に負けたのか、山川は恥ずかしそうに目を逸らしながら、そう言った。


「さて。今日はまず何する?」

「えっと、見たい映画があるんです」


 江草さんの提案で、僕たちは青柳モールにあるシネマコンプレックスに向かった。けっこう大規模で、マイナーな映画もやっている本格的な映画館だ。


「私、映画ってあんまり見ないかも。南條くんは?」

「たまに見るぞ。映画館ではあまり見ないが、美術製作の参考になる部分もあるから」

「なるほど。万帆ちゃん、なんの映画にするの?」

「これです!」


 江草さんがポスターを指さした。北欧の夏至祭と思われる、白いワンピースに花の冠をつけたヨーロッパ系の女性たちがずらっと並んだ、不思議なポスターだった。


「えっ、なにこれ面白そう!」

「それは……」


 僕は、ネットでこの映画のことを知っていた。かなり話題になっていたからだ。上手さんはどうやら華やかな雰囲気の映画だと思っているらしいが、実はとんでもないスプラッター映画という評判だった。


「本当にそれでいいのか……?」


 僕は、おそらく内容を知っているであろう江草さんにこっそりアイコンタクトを送ったが、微笑むだけだった。

 上手さんのホラーやグロ耐性はわからない。ただ僕自身はこの映画に興味があったので、何も言わずに皆で見ることにした。


* * *


 鑑賞後。

 エンドロールが終わり、僕と江草さんはホールを出ようと立ったが、上手さんと山川は立てなかった。


「何……何だったの……あれ……」


 出血や人体の切断などを一切隠さない恐ろしくグロテスクなシーンの連続で、最後は救いもない難解な映画だった。普段から映画などに触れてない人が見るようなものではない。


「大丈夫?」

「むり……」


 僕は上手さんを気遣ったものの、普通にノックアウトしていた。『なんでも上手さん』としては珍しい姿だった。


「ほら、残ってると次のお客さん来ちゃうから。行こ」


 僕は、上手さんに手を差し出した。


「うん……」


 上手さんは僕の右腕にしがみついて、よろけながら歩いた。かなり密着しているが、ドキドキ感はなかった。それより上手さんの容態が心配だった。最近、毎日手をつないで帰っているから、慣れてきたのもあるが。


「光くんしっかりしてー」

「……」


 山川は、魂が抜けたように唖然としていた。でかい山川がこんな風になるのは意外だった。江草さんが両脇に手を入れて、無理やり立たせていた。っていうか、江草さん力すごいな。


「ごめんなさい、こういうの苦手だと思わなくて」


 一応、江草さんは上手さんにも謝っていた。


「ホラー映画とかは普通に見たことあるけど、今のはちょっと違うでしょ……私はあの映画から何を得ればよかったの……?」


 上手さんは悟りを開きかけていた。確かにひどい映画ではあった。

 ショックのどん底にいた二人だったが、映画館の外に出ると、ちょうどお昼時なこともあって、皆腹が減っていたらしく昼食の話題になった。


「ごはん……ごはん食べて気持ち切り替えよう……」

「回転寿司にしますか? マグロとか」

「やーめーてー……」


 江草さんは楽しそうに上手さんをいじっていた。山川はまだ意識がはっきりとしていないのか、さっきから会話に入ってこなかった。

 不穏な空気を抱えながら、僕たちはレストラン街へ向かった。

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