第11話

 翌日は、昼休みに自販機コーナーまで行こうとしたら、上手さんがついて来た。


「自販機? 一緒に行こ!」

「おう」


 上手さんと二人で行動するのも、だいぶ慣れてきた。僕なんかが女の子の隣を歩いていいのか、という恐怖心が、優しい上手さんのおかげでだいぶ薄くなってきた気がする。

 自販機コーナーにつくと、たまたまそこに居た清宮さんが、上手さんめがけて突進してきた。


「良子―! くんかくんか」

「やめれ」


 いきなり上手さんに抱きつく清宮さん。上手さんは慣れた様子で清宮さんを振りほどく。ここまでの激しいスキンシップは、流石に今の僕にはできないな。する必要もないか。


「南條くんもくんかくんかしていい?」

「えっ!? だ、駄目だよそんなの!」


 僕の名前が出てくると、急に上手さんは焦り始める。


「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「そういう問題じゃない!」

「南條くんのことくんかくんかしていいのは良子だけだもんね」

「私はしないっつーの! もう、いい加減そのヘンな性癖直しなさいよ」

「えー、いいじゃん別に。良子にだってヘンな性癖あるじゃん」

「何それ? 私にはそんなのないよ」


 本当に心当たりがないらしく、上手さんはきょとんとしている。

 そんな上手さんに、清宮さんが何かを耳打ちすると、途端に上手さんの顔が真っ赤になり、両手をばたばたさせながら焦り始めた。


「ちょっ、瑞樹、なんでそんなこと知ってるの」

「私は何でも知っているのだ。ねえ南條くん、良子って実はね――」

「わーっ! だめだめ! 絶対言っちゃだめ!」


 僕に耳打ちしようとする清宮さんを、上手さんが体を張って止めた。

 

「あはは。誰にでもヘンな性癖くらいあるじゃん」

「それはそうかもしれないけど、あんたのは他の人に迷惑なの!」

「あっ万帆ちゃんだ! 万帆ちゃーん!」


 清宮さんは聞く耳を持たず、ちょうど近くにやってきた江草さんに突撃した。江草さんの隣には、山川もいる。


「万帆ちゃーん! くんかくんか」

「やめてー」

「ぐふ」


 江草さんも慣れた様子で、清宮さんを振りほどいた。清宮さんは一メートルくらい後ろに吹っ飛んだ。腹パンでも食らったのだろうか、お腹を押さえている。


「山川くんもくんかくんかしていい?」

「ダメ」


 江草さんが両手を広げ、山川をガードするような格好をする。

 笑顔のままだったが、江草さんからはものすごいオーラを感じた。まるで仁王像が江草さんの背後に立っているかのような、恐ろしい空気だった。


「もう。みんなケチだなあ」

「ひとの彼氏の匂い嗅ごうとするあんたがおかしいのよ……」


 上手さんが呆れている。まあ言う通りだった。


「あっ、そうだ、せっかくカップル同士で揃ったから言いたかったんだけど、あんたたちダブルデートしてみれば?」


 唐突に清宮さんが言って、僕と上手さん、山川と江草さんは呆気にとられた。


「えっとね、山川くんと万帆ちゃんはいいけど、良子と南條くんは最近付き合い始めたばかりじゃん。山川くんと万帆ちゃんのデートを見て、良子と南條くんが勉強すれば? 良子、デートって何すればいいかわからない、とか言ってこの前私に泣きついて相談してきたし」

「ちょっ、それは言わないでよ」


 上手さんが慌てる。そんな事もあったのか。


「万帆ちゃん、山川くん、どう?」

「俺は、万帆さんがいいなら、別にかまわない」

「私も、光くんがいいなら、いいですよ」


 ものすごい調和的な会話だった。これが熟練のカップルというものなのだろうか。


「良子と南條くんは?」

「えっと……お、面白そうだし、やってみよっか?」

「お、おう」


 上手さんは乗り気だったので、僕は従うことにした。実際、僕もどうやってデートに誘えばいいか、どんなデートをすればいいか、未だに悩んでいたので、教えてもらえるならそれでよかった。山川と江草さんは、そんなに悪い人たちではなさそうだし。


「よし決まり!」

「瑞樹、あんたは来ないでよ」

「えっなんで?」

「来るつもりだったのね……だってあんた、彼氏いないじゃん」

「がーん……ど正論……」


 清宮さんはとても綺麗だし、男子ともよく話せるのに彼氏はいないらしい。僕としては少し、不思議だった。あの誰の匂いでも嗅いでしまうという性癖が、そこまで影響しているのだろうか。


「ま、デートしたかったら私たちみたいに早く彼氏作りなさいよ!」

「……南條くん、良子って実はね」

「だーっ! やめなさいって!」


 上手さんが清宮さん相手にマウントを取ろうとしたら、思い切り復讐されていた。

 それにしても、上手さんに知られたくないような性癖なんてあるんだろうか。裏表のない、素直な女子のイメージだったので、あるとしたら驚きだ。


「今週の土曜日、青柳モールでいいですか?」

「うん、いいよ」


 江草さんと清宮さんが話し、お互いのLINEを交換していた。

 僕も、山川と話して、LINEを交換することに。僕が江草さんと交換するのは変だもんな。


「ねえ、ちょっと」


 上手さんが江草さんと談笑している間に、僕と山川のところへ清宮さんがやってきた。


「一つお願いなんだけど。良子、最近私に南條くんとの出来事を全く話してくれなくなったのよ」

「……どういうことだ?」

「これまでは、南條くんとあった事を全部細かく話してくれてたんだけど」

「それは恥ずかしいんだが」

「女子なんだから恋バナくらいするわよ。諦めなさい。ただ、いきなり女友達どうしで話さなくなったのはちょっと変なのよね。うまくいってるから、私に話す必要もない、っていうのなら別にいいんだけど。もし何か悩んでるなら私に言いなさい。どうにかしてあげるから」

「お、おう」

「山川くんは、良子と直接話さなくていいから、万帆ちゃん経由で良子から聞いて」

「お、おう」


 このあたりで「ちょっと、何内緒話してるのよ」と上手さんに突っ込まれ、三人の輪は解散した。

 僕は、清宮さんの話が少し気になった。この短期間で上手さんに何らかの心境変化があったとすれば、それはどういう事なのだろうか……

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