第10話
翌週の月曜日。
この日の放課後は、僕から上手さんを誘った。
「帰ろ」
「う、うん」
上手さんはどこか、ぎこちなかった。先週の金曜日、自分の体についてアピールしていたことを引きずっているのだろう。でも一緒に帰ってくれるみたいだから、まだ仲直りのチャンスはあるみたいだ。
下駄箱を過ぎたところで、僕は上手さんの手を握ろうとした。
「ひゃう!?」
上手さんは慌てて手を引っ込める。
「ごめん、いきなり手つなごうとして。いやだった?」
「い、いやじゃないよ!」
上手さんが手を出してきたので、僕はその手を優しく握った。
想像していたよりもずっと、上手さんの手は柔らかく、温かかった。
「ごめん。僕、上手さんが手、つなぎたくて自転車やめたの、ずっと気づけなかった」
「……いいよ、私が勝手にやった事だし」
「僕、誰かと付き合ったことはないから、どうすればいいかわからなかった」
「……私も、ちゃんと手をつなごう、って言わなかったから。おあいこだよ」
などと、少し前のことを振り返りながら、一緒に歩く。
正直、カップルが手をつなぐことの意味を、僕はよく理解していなかった。子供じゃあるまいし、一人で歩けるだろう、とすら思っていた。
実際、上手さんと手をつないでみると、歩く、という行為がいつもと全く違うことのように思えた。
手を通じて、上手さんの熱が僕にずっと伝わってくる。
体の一部が触れ合っているだけで、二人が一つになっているような。
大げさかもしれないけれど、そんな感触だった。
「ねえ南條くん、こうやって女の子と手をつないで歩くの、初めて?」
「初めて、ではないかな」
「えっ……?」
急に上手さんの顔色が青くなる。手の熱も、少し冷めたような気がした。
「うちの妹、よく迷子になるから。小さい頃はいつも手つないでたよ」
「な、なんだ。家族はノーカウントだよ」
「だったら、上手さんが初めてだな」
「びっくりしたよ、もう。私も、南條くんが初めてだよ」
お互い初めて、この一緒になったような感覚を味わっているのかと思うと、急に恥ずかしさが増してきた。それは上手さんも同じらしく、握っている手がどんどん熱くなる。
「あのさ、上手さん」
「なに?」
「この前……僕は上手さんの体には興味ないんだろう、って言ってたでしょ」
「うん……」
「そんな事ないから。興味、あるよ」
「ひっ!?」
「ごめん。いきなりヘンなこと言って。僕だって男だし、いわゆる性欲というものは普通にあるよ」
「う、うん、そうだよね」
「でも、上手さんを傷つけるのは嫌だから。僕が無理やり上手さんの体を触ろうとして、本当は嫌なのに、触ってしまったら……そう考えると、慎重になってしまう」
「……告白した日、裸になれって言ってたのに?」
「あれは……ごめん。ああしたら諦めてくれると思ったんだ。今になって思えば、ものすごくひどいことをしたと、反省してる。謝っても謝りきれないと思う」
「ううん。いいのよ。私こそごめんね、あの時南條くんがいつもの状態じゃないって、私も思ってたから。どうやったら南條くんが冷静になってくれるか、ちゃんと考えてたよ。流石に全部脱ぐのは恥ずかしかったから途中で止めたし」
「僕、時々頭に血が登って、冷静でない時があるから。それで上手さんを傷つけないように、気をつけたいんだ。今後は」
「私は、別にいいけど」
「別にいい?」
「私、彼女だから。南條くんが冷静じゃない時って、何か辛いことがあった時でしょ? だったら、彼女の私が受け止めてあげる」
「そんな……僕、上手さんに何もしてあげられていないのに」
「そんなこと考えないで。私、南條くんとこうやって一緒に帰れるだけで、すごく嬉しいよ」
「ありがとう。でもやっぱり、上手さんに与えられるだけじゃダメだと思うんだよな。上手さんが彼女だから、ってことでそう言うなら、僕は彼氏だから、何かしら上手さんの力になりたい」
「えっ、そんな、私は一緒にいられるだけですごく嬉しいけど」
「僕、上手さんに何したら喜んでくれるか、よくわかってないんだよな。女の子と付き合った経験ないから。だから、もし僕にしてほしい事や、僕に対して思っていることがあったら、直接言ってほしい。笑ったり、馬鹿にしたりしないから。それじゃ駄目かな。本当は彼氏がリードすべき、って知ってるんだけど」
「ううっ……」
上手さんがくらり、と横方向にふらつき、僕は慌ててしっかり手を握った。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ……南條くん、今日はなんでそんな、いきなり、すごく優しくなってるの……」
「僕なりに、上手さんと付き合うことについて、色々考えたから。おかしかったかな」
「おかしくないよ! すごく嬉しくて、嬉しすぎてふらふらしただけ」
ちょうどここで、大通りに出た。
二人が分かれる場所だ。
「じゃあ、南條くん、早速だけど今私が南條くんに対して思ってること、正直に言うね」
「お、おう」
上手さんは急に、僕の耳元へ唇を近づけて。
吐息をかけるように、優しく言う。
「好き」
そう言って、上手さんは真っ赤な顔のまま、走り去ってしまった。
やられた。
一人、通りに残された僕は、上手さんの後ろ姿をいつまでも見ながら、そう思った。
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