第8話

 翌週の月曜日。

 デートという課題を成し遂げた僕は、上手さんとの距離が一歩縮まったと確信していた。

 ところが放課後、一緒に帰ろうと上手さんを誘った時、


「ごめん、今日は友達と帰りたいんだ」


 と、軽く断られてしまった。

 まあ、毎日一緒に帰らなくてもいいか。友達付き合いもあるし。僕にはないけど。

 そう思って、僕は断られたことについて深く考えなかった。

 火曜日も、水曜日も上手さんは一緒に帰ってくれなかった。

 こうなると、流石に何かあったのかと勘ぐってしまう。もしかして、先日のデートの時に、まずいことをして、上手さんを傷つけてしまったのか。

 とはいえ上手さんは僕に何も言わなかったので、その理由はわからなかった。

 木曜も、また一緒に帰るのを断られた。

 仕方なく一人で帰ろうとした時、教室を出たところで誰かに呼び止められた。


「おっすー」


 美術部部長の相澤香菜という女子だった。あとなぜか、相澤さんはきなこをお腹のあたりにホールドして、一緒に歩いていた。きなこは捕まえられ、非常に不服そうな顔だった。

 僕が美術部へ顔を出していなかったこともあり、相澤さんとはしばらく話していない。ただ険悪な仲という訳でもなかった。何も活動していないのに美術部在籍中だと認めてくれているところを考えたら、むしろ親切にしてくれている。


「うす」

「南條くんさあ、最近色々大変だね」

「……まあな」


 思い当たることがありすぎて、僕は適当に返事をした。


「きなこちゃんから聞いたよ。良子とのデートに、きなこちゃんがついて行っちゃったんだってね」

「ちがう。うわてさんがついてきた」

「もー、きなこちゃんは。南條くんのこと好きだからって、邪魔したダメだぞ」

「すきじゃない。じゃましてない」


 不服そうなきなこの頬を、相澤さんがぷにぷにとこねている。

 どうやら、きなこから先週のデートについて聞いたらしい。


「実は最近、一年生で立体やりたい子が入部してさ。きなこちゃんの事すごいリスペクトしてるんだよね。だから南條くん、もうきなこちゃんのサポートしなくていいよ」

「そうだったのか。美術部、顔出してないから知らなかった」

「きなこちゃんと二人で行動してたら浮気だと思われちゃうもんね。ってか、今日は良子と一緒に帰らないの? 最近いつも二人で帰ってるって噂になってたけど」

「僕とは帰りたくないらしい」

「えっ。なにそれ。早くも倦怠期なの?」

「いや……よくわからないんだが」


 ここで僕たちは場所を変え、美術室へ行った。美術部の活動日ではないので、僕ときなこ、相澤さんの三人だけだ。相澤さんの手から解放されたきなこはすぐに制作中の阿弥陀如来像へ向かっていた。

 

「相澤さん、上手さんと仲良いんだってな」

「そうだよ。去年同じクラスだったから」

「上手さんから、何か聞いてない?」

「えー? ちょっと前に、美術部の女子たちと南條くんの関係についてめっちゃ聞いてきたけど、それだけだよ」

「何だそれ」

「いや、普通に考えなよ。好きな人できたら、誰かと付き合ってるかどうかってめっちゃ気になるじゃん。そんなの女オタクの私でもわかるわ」


 ちなみに相澤さんは女オタクを自称しており、油彩画を専門としているが本当に得意なのはデジタルイラストだ。美術部にいるのはデジタルイラストの腕を上げるための練習だという。めちゃくちゃ明るい上に人当たりがいいので、美術部では皆をまとめる存在となっている。


「特にきなこちゃんとの関係はめっちゃ聞かれたけど。でも立体製作で仲良いだけで、別に付き合ってるとかじゃないって言っといたよ。実際そうでしょ? もしかして、きなこちゃんと付き合ってる、って疑われてる?」

「そういう訳じゃないんだが。ちょっと気になることがあってな」

「おじさんに話してみたまえ」

「上手さん、僕が生きている上で最優先の目標は美術なんだね、って言って。僕は肯定したけど。それ以来、距離を感じるんだよ」

「あちゃー。そりゃ元気なくなるわ」

「どうしてだ?」

「だって。好きな人には、自分のことを一番に考えてほしいじゃん? 私だってそう思うよ、一応女の子だし」

「しかし……美術制作と上手さんのことは、そもそも天秤にかけるような事じゃないだろ」

「ははーん。南條くん、天才だけど頭硬いよね。確かに、製作と彼女、どっちが大事かなんて、結論はつけられないと思うよ。とにかく彼女のほう優先しなさい、なんて良子も言うつもりはないだろうし。多分、良子は気づいちゃったんだろうね。一応付き合い始めたけど、南條くんの中では、良子のことは製作よりずっと優先順位が低いんだって」

「そんなことは――」

「良子のことが大事だったら、いきなりきなこちゃんと三人でデートなんかしないと思うよ」

「それは……きなこの製作のことも気になって」

「じゃあきなこちゃんとは私と南條くんとの三人で行くとか、二人きりになるのを回避する方法はいくらでもあったよね?」

「う……」

「三人でデートなんか組んでる時点で、良子は雑に扱われた、って感じてると思うよ」

「そうか……そう、だよな。だから怒ってるのか」

「とりあえずそのことは謝った方がいいと思うよ。でもそれだけじゃない気がするけど」

「まだ何かあるのか?」

「あるんだけど、これについては、私も一介の絵師として結論を出せないのだよね」

「何のことだよ」

「製作と彼女。どっちが大事かってことだよ。私、彼氏とかできた事ないけど、イラスト書くのやめてまで付き合いたい男なんかいないと思う。南條くんも、良子に『付き合うかわりに製作やめて!』とか言われたら困るでしょ」

「それなら断るな。上手さんは僕の製作、というか進路は応援してくれてるはずなんだが」

「あれ、南條くん進路どうするの? 理系コース行ったから、美大はもういいのかと思ってたけど」

「まだ僕も決めてない。美大も諦めてはいないよ。ただ色々あって、美大への進学が現実的でないだけで」

「じゃあ、そのこと話してみれば? 南條くんいい人だからさ、美術のことも、良子のことも一緒くらい大事にできると思うんだよね。まずは南條くんの美術に対する取り組みを知ってもらわないと、進まない気がする」

「……そうだな。それがいいかもしれない。さすが部長、いつもいい相談相手になってくれるよな」

「そう? 私、普通に話してるだけだよ」

「どっかの匂いフェチの女子とは違うわ」

「なんじゃそりゃ」


 久々に相澤さんと話ができて、だいぶ気が楽になった。

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