第7話
焦げ茶色の、細い木の指輪だった。アクセントとして、小さな白い石が埋め込まれている。翡翠だろうか。高価な宝石ではなさそうだが。
「これ……あの子が作ったの?」
上手さんは、デザインが同じでサイズが一回り小さい指輪を見ながら、目を輝かせている。
「まあ、きなこの腕なら、これくらい造作もないだろうな」
「す、すごくない!? こういうの、お店で買ったら普通に一万円とかするよ! こんないいもの、貰っちゃっていいのかな?」
「あいつにとっては肩慣らしみたいなもんだ。もらっていいと思う」
と僕は言っておいたが、数日間でこのような指輪を作るのは、普通に難しい。天才のきなこだからこそできる芸当で、僕は関心した。
「これって、ペアリングだよね?」
「ああ。デザインは同じで、サイズだけ違うからそうだろうな」
「南條くん……つけてくれる?」
「ん? せっかくもらったんだから、つけないと勿体ないだろ」
「そ、そうだよね、そうだよね。何指につけよっか?」
「左手の薬指じゃないのか?」
「それは結婚指輪だよ! たしか、何指でなきゃダメって決まりはないんだけど……小指とかどうかな? これならあんまり目立たないでしょ」
上手さんが自分の小指に指輪をはめて、僕に見せた。確かに、他の指よりは主張が少なそうだ。指輪をつけるなんて考えたことなかったので、参考になる。
「じゃあ、僕も小指にする」
僕も小指に指輪をはめてみた。その瞬間、近づいていた上手さんの小指がぐっと近くになり、二つの指輪をはめた指が並んだ。
急に、ふわっと体が浮くような、これまで経験したことのない感覚に襲われる。
なんだろう。同じ指輪を身に着けただけだというのに。
僕と上手さんの距離が、ものすごい勢いで縮まったような気がして――実際触れ合ってもいないのに、ほとんど一緒にくっついているような。
「っ~」
どうやら上手さんも似たような感覚に襲われたらしく、真っ赤になって手で顔を隠した。
「お、思ってたより恥ずかしいな、これ」
「うん……で、でも私、これ気に入ったよ! 学校だと校則が厳しくて怒られちゃうから、せめてデートの時だけは一緒につけよ?」
「う、うん。そうするか」
自分からつけると言った手前、外す訳にもいかず。
僕たちはペアリングをして、駅前に戻った。
きなこが遅刻したり、木材を厳選していたため、すでにお昼前になっていた。
「昼飯、食べて帰ろっか」
「う、うん!」
「何がいい!」
「なんでもいいよ! 南條くんの好きなやつで」
駅前にはハンバーガー店や、チェーンのカフェなどが揃っていた。気軽に入れるが、こういうのはデート向けの店ではないよな。
「駅ビルのほう入ろうか」
「えっ? そのへんのカフェとかでいいよ? なんならマッ◯とかでもいいし」
「うーん。通りの前にあるから、なんか人に見られそうなんだよな」
「私と一緒にいるところ、見られるのは嫌……?」
「いや、そういう訳じゃないんだが、なんとなく落ち着かない」
「ふうん。まあいいや、駅ビル行ってみよう」
僕たちは駅ビルのレストランフロアまで登り、ちょうどランチをやってるイタリアンレストランを見つけ、二人で入った。
「ほんと、すごいよね、これ。どうやったらこんなもの作れるんだろう」
料理を注文したあとも、上手さんは指輪に夢中だった。
「南條くんも、こういう指輪作れるの?」
「作れなくはないと思うが、一度も作ったことないから時間かかると思う」
「ふうん……きなこちゃん、不思議な子だと思ってたけど、いい子だったね」
「まあ、悪いやつではないな」
「私ね、南條くんときなこちゃん、もうカップルみたいに仲良いんじゃないかと思って、ちょっと嫉妬してたんだよ」
「嫉妬?」
「うん。でも別にそうじゃなかったね。謎が溶けたよ」
「何が謎なんだ?」
「どうして二人、男女なのにあんなに仲が良いのか。もしかしたらお互い好きなのかも、って思ったけど、全然そうじゃなかった。二人は、同じ彫刻をやっていて、一緒に彫刻のことを考えてるだけなんだね」
「まあ、そうだけど。何かおかしいか? 美術部は男子より女子が多いから、もう女子と話すのに慣れてしまって、あんまりそういう気持ちにはならないよ」
「うん。それはいいんだけど。南條くんも、きなこちゃんみたいに美術のことしか考えてないんだな、って」
「僕はきなこほどじゃないぞ。空き時間は普通にゲームとかしてるし、しばらく製作に取り組まない時もある。あいつは本当に製作のことしか考えていない」
「そういう意味じゃないってば」
「じゃあ、どういう事だ?」
「えっとね……なんていうかな、生きていて最優先の目標が、南條くんの場合は美術なんだなって」
「まあ、それは認めるけど。上手さんだって、医学部医学科行くための勉強が最優先だろ」
「私は……」
ふと、上手さんは何か言おうとしたが、ちょうど料理が運ばれてきて、言うのをやめてしまった。
その後は、お互い黙々とパスタを食べた。
なぜだろう。上手さんは指輪をもらった頃、とても喜んでくれていたのだが。急にしんみりとした空気になり、そこから戻る方法を、僕は見つけられなかった。
結局この日は、適度に雑談をしながら青柳駅まで戻り、そのまま解散した。
「じゃ、またね」
帰り際、手を軽くふった上手さんの小指についている指輪が、一等星のように輝いて見えた。
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