第6話
土曜日。朝、八時五十分。
約束の九時より少し早く、僕は待ち合わせ場所の青柳駅に到着した。ちょっと早かったか、と思ったが上手さんはすでに僕を待っていた。
式守さんはパンツスタイルでシンプルに決めていた。制服か、この前青柳モールで会った時のジャージ姿しか見たことがなかったので、新鮮だった。なにせ体のラインがモデル並に細いので、何を着ていても似合うし、刺激的ではある。
「南條くん! ま、待たせちゃった?」
「ううん。今着いたところ。さて、きなこは時間通りに来るかな」
「まだ見てないけど……」
「来ないと思うんだよなあ」
案の定、約束の九時を過ぎてもきなこは現れなかった。
僕が「今どこ?」とLINEを送ると、返信で一枚の写真が送られてきた。どうやら青柳駅近くの商店街の袋小路にいるようだ。
「迎えに行こうか」
「えっ、鷹野さんどこにいるの?」
「ほら、この写真。あいつマジで方向音痴だからな。迷うとこうやって今いる場所の写真送ってくるんだよ」
「な、なるほど……」
二人で、写真の場所と思われるところへ向かうと、案の定小さなきなこが右往左往していた。僕たちを見つけ、きなこは僕の方へ突進してきた。
「んんー!」
僕はすかさず頭を押さえてぶつからないよう制止した。ちなみにきなこの私服はワンピースにベレー帽。外に出るときは大体いつもこの格好だ。
「こわかった」
「お母さんに送ってもらえって言っただろ」
「あ、あわわ……近い……」
僕ときなこのいつものやり取りなのだが、上手さんは隣でうろたえていた。
「さっさと行くぞ」
「ん!」
「あ、今日は上手さんも一緒に行くからな。挨拶しろよ」
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
こうして、謎の三人トリオでの外出が始まった。
すぐホームに来た電車に乗ると、きなこは一人で空いている席に座り、秒で寝てしまった。僕と上手さんは二人、立って話すことに。
「あの子……もう寝たの? 早すぎない?」
「彫刻のこと考えている時以外は寝てるんだよ」
「南條くん、鷹野さんのこと本当によく知ってるね」
「まあ、美術部で一年間一緒だったし。それだけだよ」
「南條くんは、美術部に戻らないの? 前にちょっとだけ聞いたけど、美大行きたいんでしょ」
「美大に行くかどうかはともかく、別に戻ってもいいんだけど。なんか、製作のアイデアがないんだよな。作りたいものがあれば、美術室の工具とか借りるしかないから、戻るんだけど」
「美術部で活動すること自体を禁止されてる訳じゃないんだ」
「ああ。美大には行かせない。面倒は見ない。そういう話だよ」
「それは……辛いね。美大って私立でしょ。学費高そう」
「それは奨学金とかで何とかできるけど。入試が無理なんだよな」
「入試? 南條くん、賞取れるほど製作の腕があるんでしょ。入試なんて余裕じゃないの?」
「美大の入試にはデッサンっていう科目があって、簡単にいうと目の前に置いてあるものを白黒のスケッチしたりするんだけど、それが美術で言うところの、英語や数学みたいな基礎なんだ。これは才能があっても、ちゃんと体系的に学ばないと、試験を突破するのは難しい。そのためには画塾っていう美大の予備校みたいなところに行く必要があるけど、親父はそれを認めてくれないから、僕が美大に行く道は閉ざされたままだ」
「な、なるほど……私も、予備校行ってわからない問題の事とか先生に聞かないと、勉強ついていけないから、同じことだよね」
「まあ、そんなところかな。最悪、我流のデッサンで受験してもいいけど。高レベルな美大には行けないだろうな。それじゃ意味がない」
「そうだよね。私も、医学部医学科ならどこでもいいとは思ってないもん。お父さんけっこういい大学出てるし」
「医学部医学科ってだけでめちゃくちゃ難しいと思うが――」
雑談をしていたら、電車はすぐ草絵駅に到着した。僕はきなこを叩き起こし、三人で駅を出た。
駅から少し歩いたところに、彫刻用素材の専門店があった。店内は薄暗く、いかにも敷居の高そうな店だったが、きなこはずんずんと恐れず中に入っていった。
店内では、高齢のおじいさんが新聞を読みながら、ちらりとこちらを見た。それ以上は何も言われなかった。まあ画材や彫刻素材の店は大体こんなもんだ。
きなこは木材を一つ一つ手にとり、厳選していた。
「こんなに種類があるんだ……すご……」
「僕、木彫りは未挑戦だからよくわからんのだよな。きなこはたまにやってるみたいだが」
「これは? もう人形みたいに形できてるけど」
「それは初心者向けに、あらかたの形を作ってあるやつだよ。きなこは多分、角材から作るつもりだと思うが」
「へえー、これなら私にもできるかな」
二人で談笑していたら、きなこが角材を二つ持ってきた。三十センチくらいのヒノキだった。
「どっちがいい?」
「いや、僕にもわからん。迷ってるならでかい方にしとけよ。試し彫りに使えるだろ」
「わかった」
きなこはそう言って、一人で店番のおじいさんと話して買い物を終えた。
「さて、用事は終わったな。あとはきなこを家まで送ったらミッション終了か」
「うーん……」
僕が言うと、上手さんは相変わらず、浮かない顔をしていた。
しかし、きなこはふるふる、と首を横に振った。
「送らないとお前迷子になるだろ」
「えきまでおかあさんがむかえにくる。あとはふたりで、どうぞ」
「お、おう」
きなこにそんな気遣いができるとは思わなかったので、僕は驚いた。
隣にいる上手さんの顔が、にわか雨の後のようにぱあーっ、と晴れていくのがわかった。まあ、デートだし、二人でいた方がいいよな。
「これ、きょうのおれい」
きなこは、自分のポーチから二つの小さな木箱を出して、僕と上手さんに渡した。
「じゃ!」
そして駅の方向へ、きなこは走っていった。
「なんだろう、これ?」
僕と上手さんが、同時にその木箱を開ける。
中には、木製の指輪が入っていた。
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