第5話

 さて、翌日。

 放課後。鷹野きなこの襲撃もなく、僕は上手さんと一緒に帰ることにした。この前のように呼ばなくても、僕が上手さんの近くへ言ったら、周囲の女友達はなんとなく察してくれて、けらけら笑いながら上手さんを送り出していた。上手さんは顔を赤くしながら、僕と合流した。

 下駄箱を出た後、僕は上手さんのために駐輪場へ向かおうとした。でも上手さんは駐輪場の方向へ行こうとしなかった。


「あれ、自転車取りに行かないと」

「あっ、いいのよ、私昨日から歩いて来てるから」

「歩いて?」


 僕は耳を疑った。上手さんの家は学校から自転車で二十分くらい。徒歩なら二倍か三倍はかかるので、一時間くらいか。

 そういえば昨日も今日も、上手さんは朝ギリギリの時間に汗だくで教室へ駆け込んでいた。よそで無駄話をしていると思っていたが、走っていたせいだったのか。


「なんで? 遠すぎでしょ」

「え、えっとね、最近バド部やめて運動不足だから! 朝と夕方、家から学校まで走ればストレス解消になると思って!」

「えっ、走ってるの……? けっこう遠かったよね。疲れない?」

「大丈夫だよ、私体力には自信あるから!」

「雨の日とか、夏のクソ暑い日とか大丈夫なの? 今はまだ涼しいけど」

「それは……その時になったら考える!」


 通学の時間をあえて困難な方法にするなんて、高校生としては標準的ではない。確かに運動不足の解消にはなるだろうが、それにしてもやりすぎだと思う。


「はあ。無理しないようにね」

「うん!」


 上手さんは満面の笑みだ。

 まあ、本人が納得してるならいいか。

 そう思って、一度立ち止まっていた足を再び校門の方向へ向けた。


「あ、あれ……?」


 上手さんはどこか不服そうだったが、僕が「どうしたの?」と急かすと、浮かない顔でついてきた。何か間違っているだろうか。普通に二人で帰るだけ、と思っているのだが。


「二人とも歩きだと、やっぱり大通りまでしか一緒に帰れないかな」

「え? うん、それは仕方ないと思うけど」

「僕の家、自転車ならすぐだから、あえて上手さんと一緒にそこまで歩こうと思ってたんだけどな」

「ふえっ!?」

「学校ではあまり話す機会ないし、なるべく一緒にいたいもんね。でも徒歩で学校から往復、しかもそのあと上手さんの家まで走るってなると、流石に無理かな」

「ふえええっ!?」


 清宮さんに教えてもらったことをベースに言ったら、上手さんはなぜかものすごいショックな顔をしていた。上手さんの行動変化は誰も読めなかったからこれは仕方ないよな。

 それより、大通りまでの道のりは短い。早くデートをする、という課題を達成させないと。


「ところで上手さん、今週の土曜は予定ある?」

「えっ!? ないよ! ちょうど予備校も休みで超ひま!」

「……勉強しないでいいの?」

「するけど! たまには息抜きも必要だよね、うん!」


 土曜が空いている、という清宮さんの情報は本当らしい。一応、僕と遊ぶのに前向きな感じはある。


「ちょっと行かなきゃいけないところがあるんだけど。彫刻関係の店だけど、多分上手さんがついて来ても、つまんないと思うんだけどさ。一緒に行く?」

「うん行く! どこに行くの?」

「草絵っていう、青柳駅から電車で二十分くらいの駅の近くなんだけど」

「あ、そこなら行ったことあるよ。意外に駅前、買い物するところいっぱいあったよね」

「ああ……そういうのじゃなくて、彫刻用の木材買う店に行きたいんだけど」

「な、なるほど……うん、南條くんが行きたいところなら何でもいいよ」

「二人じゃなくて、三人で行きたいんだけどそれでもいい?」

「えっ……誰と行くの?」

「美術部の、鷹野きなこって子。この前話してたでしょ」


 僕が鷹野きなこの名前を呼ぶと、上手さんが凍りついた。


「あいつ、頭の中彫刻の事しか考えてない彫刻バカなんだけど、すごい方向音痴で一人では遠くに行けないんだよ。それに僕もあいつが作るもの見てみたいし、木材選び、手伝ってあげたいんだよね」

「……」

「でもあいつと二人で出かけたら浮気してると思われるだろ。だから上手さんも一緒にどうかって」

「……一つ、聞いていい?」

「何?」

「南條くん、鷹野さんとはどういう関係なの……?」

「どういう、って、美術部の同期、ってだけだよ」

「本当にそれだけ……? 普通、どっか行きたいなら、美術部の女の子と一緒に行くんじゃないの……?」

「立体、っていうか彫刻の事がわかるの僕だけだから」

「本当にそれだけ……?」

「それだけだよ。なんでそんなに疑うんだ? 美術部にも、実は二人付き合ってるんじゃない? とか茶化す人いるんだけど、全然そんな気ないんだよな」

「だって、話してるところすごく慣れた感じだし、あと二人とも名前で呼び合ってるし……」

「あれは美術部でのニックネームみたいなもんだから。美術部、みんなあだ名つけて呼び合う風習があるんだよな。特に仲良いわけじゃない」

「私も……呼び方……」


 上手さんはぼそぼそと何かつぶやいていたが、うまく聞き取れなかった。もうゴールの大通りが近づいていて、これ以上は話題を伸ばせない。


「で、どうする? 興味ないなら、きなこと二人で行っていい?」

「そ、それはダメ! 私も行く!」

「そっか。じゃあ土曜の朝九時くらいに青柳駅集合でいい?」

「いいよ……」


 ここで大通りに着いて、上手さんはなぜか肩を落としたまま、とぼとぼと自分の家へ向かっていった。走るんじゃなかったのか。

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