第4話

「あんたねえ~」


 案の定、山川と江草さんに連れていかれた家庭科準備室では、清宮さんが腕組仁王立ちで待っていた。僕は誰に言われるでもなく正座した。


「昨日の。十点よ!」

「十点満点で?」

「百点満点に決まってるでしょうが!」


 僕にも、昨日の上手さんと一緒に帰った一連の出来事があまりよくなかった自覚はあったので、怒られるのは予測済みだった。しかし十点はひどいな。


「女の子たちと話してる良子を、勇気出して連れ出したところは褒めてあげる。付き合いはじめのカップルにできることではないわ。だいたいLINEとかで決めておいて行動するのが普通だもの。でもそれ以降の行動は0点よ、もう! せっかくラブラブな雰囲気になれるように、そこの二人をサクラとして送り込んだのに!」


 そこの二人、というのは家庭科準備室についてきた山川と江草さんだ。偶然通りかかったものだと思っていたが、清宮さんが仕組んでいたのか。

 江草さんはニコニコして僕を見ている。山川は、バツが悪そうに僕から目をそらす。


「どうして手をつながなかったのよ!」

「いや、上手さん自転車持ってたから。危ないだろ。さすがに危ないマネしてまでは、僕はできないぞ」

「それはわかるわ。だったら腕組めばいいじゃないの」

「……その発想はなかった」


 確かに、手が空いてないなら腕を組めばよかった。手をつなぐより密着度が高く、恥ずかしい行為ではあるが。この前夜の学校で似たような状況になったがあれは誰も見てなかったし、上手さんがパニック状態だったのでノーカンだ。


「それに! 送るとか言って校門からちょっと出たところで別れたでしょ! そんなんじゃ、ほんのちょっとしか一緒にいられないじゃない」

「僕、家が青柳モールの方向だから。上手さんと逆方向だし、自転車持ってないからそんなに遠くへ行けないんだよ」

「それはまあ、理解するわ。だったら良子があんたの家まで一緒に歩くのでいいじゃない」

「男子が女子に送ってもらうのは気が引けるな」

「はあ? 何あんた? 九州男児なわけ? ろくに良子をリードできてないくせに思想だけ一人前って何様のつもりよ。いい? 彼女と一緒に帰る、送るっていうのはね。べつに危ないからエスコートしてる訳じゃないの。一緒にいて、話す時間を増やしたいからなのよ。ある程度それができれば経路とかはどうでもいいの。そうよね万帆ちゃん、山川くん?」

「えへへ。そうかもです」

「……」


 山川は照れて返事しなかったが、おおよそ同意のようだ。


「あんたたちの場合、良子の方がフィジカル強いから、あんたの家まで一緒に帰って、良子が自転車で家まで帰るのでもいいわよ。とにかく良子と一緒にいる時間を増やしなさい。そうしないと、カップルだなんて呼べないわよ。お互い付き合うことに同意しただけでは意味ないんだから」

「次からそうするか」

「あと、LINE交換したのに何も会話してないみたいね。一日一通は送りなさい」

「特に話すことが――」

「何か見つけなさいよ! 二人のLINEはただの連絡手段じゃなくてコミュニケーションの手段なの! 万帆ちゃんと山川くんだってそうでしょ?」

「わたしたちの場合、山川くんがあまりメッセージ送ってくれないから、わたしばっかり送ってますけどね」

「まあ山川くんは無口だから仕方ないわね」

「僕も無口だが」

「良子はあれで完全に打ち解けるまで時間がかかる子なのよ。心を開いてくれるまでは南條くんからアタックしなさい」

「なあ、なんでそんなに僕と上手さんのことに首突っ込んでくるんだ? 確かにアドバイスは的確なこと言ってるっぽいし、恋愛経験のない僕にとってはありがたいんだが。他人の恋愛にそこまで干渉してくる理由が正直よくわからん」

「そんなの簡単よ。私が良子に、幸せになってほしいからよ。大事な友達として」

「そういうもの、なのか?」

「私、良子とはすごく仲いいわ。この学校では一番の友達だと思ってるくらい。でもあの子、なんでもできる、なんでも上手さんなんて呼ばれながら、八方美人で他人には本心を見せないところがあるのよ。バド部やめる時なんて、きっぱりやめた事になってるけど、本当は私と毎日相談してたんだから」


 自分の意思には違いないだろうが、これまでの上手さんに対するイメージからすれば、誰にも干渉されずきっぱりと決めたようなイメージを持っていた。清宮さんと深く相談していた、というのは少し意外だった。


「私はだいぶ仲良くなったけど、それでもあの子がまた抱えこんでいる、私にもわからない問題はあるから。南條くんには、そこにたどりついて欲しいの」

「そうか……」

「わかった? そのためには、まず良子と南條くんがカップルとして仲良くなって、愛を深めないと。今のままじゃ、南條くんが自分のことちゃんと好きになってくれてるか不安で、良子は南條くんが好きになってくれるようにいい格好しようとするから。そんなんじゃ、本当の悩み事なんか話せないよね」

「確かに」

「わかったならいいわ。という訳で次の課題はデートね。今週の土曜、良子は予備校なくて暇らしいから誘ってみなさい」

「いきなりハードル高くないですか」

「付き合ってるんだから、デートするのなんて当たり前でしょうが!」

「せめてデートプランとか教えていただけると」

「ダメ。最初から出来すぎたやつだと、私が噛んでるってバレちゃうから。まずは自分で考えなさい。そうだ、万帆ちゃんから何かアドバイスある?」

「わたしは……山川くんと一緒にいられれば、どこでもいいです」

「はいノロケごちそうさま! でも参考にはなりませんでした!」

「えへへ~」

「まあいいや! 明日、良子と一緒に帰って、その時デートに誘うこと!」


 このあと清宮さんと別れ、こっそり山川にもアドバイスを求めたが「万帆さんと一緒にいられれば……」と同じような答えが帰ってきた。マジで参考にならなかった。何だこいつら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る