第2話

 翌日。

 日中は普通に過ごし、放課後。

 ここが勝負の時だった。上手さんは帰りのホームルームが終わると、いつも仲良しグループの女子と喋っている。帰るときもこのグループと一緒だ。僕は、この女子グループから上手さんを連れ出さなければならない。

 なにか片付けているフリをして、時間を稼ぐ。教室の生徒たちは一人ずつ消え、上手さんのいる女子グループと、僕だけになった。

 上手さんは、ちらりと僕がまだ教室にいることを伺っていた。少しは僕の存在を意識してくれているのだろうか。

 他の女子たちは、僕の存在など全く気にしていない。

 これ以上待っていたら、上手さんは女子グループと一緒に帰ってしまう。ここからは、僕が声をかけるしかなかった。


「上手さん」


 鞄を持った僕が話しかけると、女子グループの会話がしん、と無音になった。誰も、僕がこのグループに話しかけるとは思っていなかったのだ。まるで異物を見るかのような視線を浴びせられる。辛いが、これまで僕はクラスの女子とろくにコミュニケーションをとってこなかったので、こうなっても仕方はない。


「帰ろ」

「えっ、あっ、うん帰ろ」


 上手さんはすたすたと帰る準備をし、女子グループに「じゃあね」と声をかけ、僕と一緒に教室を出た。


「ええ~っ!」


 背後の教室から、女子グループの悲鳴が聞こえた。まあそうなるわな。


「い、行こ!」

「おう」


 僕よりも上手さんが緊張してしまっていて、早足で下駄箱まで向かった。

 しかし、すれ違う生徒全員から奇異の視線を向けられるので、上手さんの顔は赤く炎上するばかりだった。日中ならともかく、放課後わざわざ一緒に帰る男女なんてカップルくらいだ。


「僕、歩きなんだけど。上手さんは自転車?」

「う。うん、チャリだよ」

「駐輪場行こっか」

「あ、うん、そうだよね、自転車取りに行かないとね!」


 上手さんは焦っているのか、校門まで直行しそうだった。それを僕が止めた。自転車通学なのは何度かその姿を見ていたので知っている。

 駐輪場は空いていた。この学校は電車やバスで通学する生徒が多いから、授業終了の直後を除けば駐輪場は人気がない。

 側壁と屋根のついた立派な駐輪スペースがあるので、隠れる場所にもなる。


「ここなら誰にも見られてないよ」


 上手さんは自転車のサドルに手をつき、ふうーっと大きな息をついた。


「心臓止まるかと思った……」

「僕と帰るの、嫌だった?」

「そ、そうじゃなくて! まさか南條くんから一緒に帰る、って言ってくれると思ってなかったし! しかも友達と喋ってる時に連れ出されるなんて! っていうか私、彼氏と二人で帰るなんてしたことないし! いざやってみたらめっちゃみんなから見られるし! 普通にめっちゃ恥ずかしかった!」

「うん。多分、僕と上手さんが付き合ってるって学校中にバレたよね」

「あああああ~」


 上手さんは頭を抱えながらもじもじしている。

 うーん、付き合う、って言ってきたのは上手さんの方なんだけど。こんな反応をされると、先日の夜の出来事は幻だったのか、と思ってしまう。

 

「あのさ、上手さん。LINE交換しようよ。僕たち、勢いで付き合うことになったから、連絡先すら知らないじゃん」

「えっ? あっ、そうだよね! 交換しよ」


 お互いにスマホを取り出し、LINEの連絡先を交換。この作業のおかげで、上手さんは落ち着きを取り戻した。


「上手さんの家って、どっちだっけ?」

「えっと、ここから東に、青柳駅の向こうまで行く感じだけど」

「僕、西の方なんだよな。青柳モールの近く」

「あっ、そうなんだ……逆になっちゃうね」

「自転車で家まで何分くらい?」

「二十分くらいかな」

「なるほど……さすがにそこまで送るのはきついな」

「へっ? いいよいいよ! 私、一人で帰れるよ」

「いや、一人で帰れなかったらそれはそれで問題だけど」

「何なら私が南條くんの家の方について行くよ? 徒歩で行ける距離なら、自転車だと大したことないし!」

「うーん。彼女に送られる、っていうのもなあ」

「あう」


 男子が女子を送る。それくらい、僕でも知っている。自転車の都合があるとはいえ、彼女に送られるのはちょっと、男がすたる気がして、ためらわれた。


「大通りまでは一緒の道でしょ。そこまでにしよっか」

「うん……そうしよ……」


 こうして、僕は徒歩、上手さんは自転車を押しながら、一緒に帰った。

 その時、目の前を、手をつないで歩くカップルが通っていることに気づいた。

 山川と、江草さんだった。

 二人は手を貝殻つなぎで合わせて、ゆっくり歩いていた。というか、山川がでかいから、小さい江草さんに歩幅を合わせていて、少し窮屈そうだった。でも二人は笑顔で――いや、山川はかなり強面で、笑顔なのかどうかはよくわからない。ただ何となく、幸せそうではある。


「……」

「……」


 僕は、上手さんの手を見た。


「っ!?」


 どうやら上手さんも同じことを考えていたらしい。

 カップルなら、手をつなぐべきなのではないか、と。

 絶対そこまでするという決まりではない。手を繋がず、普通に並んで歩くだけのカップルも、見たことはある。

 しかし目の前で幸せそうなカップルが手をつないでいるのを見ると、自然にそういう気持ちになってしまう。

 なのだが――


「自転車、片手で押すのは危ないよね」


 上手さんは両手で自転車を押しているわけで、手は空いていない。ちなみに上手さんの自転車は前かごがついているもののクロスバイクで、普通のママチャリより軽そうではある。


「片手でも押せるよ!」

「いや、バランス崩したら危ないでしょ。スポーツバイクは一回転倒したらけっこう壊れちゃうし、修理費も馬鹿にならない」

「あう……」


 結局、手をつなぐことはかなわなかった。


「二人乗り、は流石に怒られるよね」

「へっ!? ふ、ふ、二人乗り!?」

「っていうか、それクロスバイクだから後ろに荷台ついてないか」

「あう~……」


 自転車の二人乗りは道路交通法違反なので、見つかったら警察に怒られる。というか、校門の前でそんなことしたら先生に見つかって、絶対怒られる。最悪、上手さんが自転車通学禁止などの罰則を受けてしまうかもしれない。

 手をつなぐことの代替案として考えたのだが、それもできなそうだった。

 結局、二人はこのまま大通りに到達した。


「じゃ、ここで」

「うん……じゃあね……」


 上手さんは颯爽とクロスバイクにまたがり、流れ星のようなスピードで通りに消えていった。

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