第9話
土曜日。
僕は、青柳モールのゲーセンでもはや日課と化しているメダルゲームに興じていた。
夜八時前になって、ゲームをやめ、あたりを見回した。
清宮さんに上手さんを探せ、と言われたのだが、広い青柳モールではどこを探せばよいのか、見当がつかなかった。
女子がよく行くスポットがどのへんなのかも、僕にはわからず。服屋、とかなのだろうか。とりあえずゲーセンから服屋のあるエリアへ歩いていたら、偶然にも上手さんを見つけた。
私服で、きれいなジャージ姿だったのでいつもと印象が違っていた。一人で、きょろきょろしながら、どの店に寄るでもなく通りを行ったり来たりしていた。
あれでは非行少女と呼ばれても仕方なさそうだった。清宮さんは噂で聞いた、と言っていたが、『なんでも上手さん』を知る生徒があんな姿を見たら、いつもとの違いですぐ気づくだろう。
僕は話しかけるかどうか迷ったが、どう見ても行くあてもなさそうな上手さんを見るに見かねて、声をかけてしまった。
「何してるの?」
「ひゃっ?」
上手さんは驚いていた。まあ、いきなり背後から声かけたからな。ものすごくバツの悪そうな顔をしていたので、ここにいること自体が後ろめたいのだと、すぐ感じ取れた。
「あ、あはは……予備校の帰りなんだ。暇だからお買い物でもしようかなって」
「何も買ってないみたいだけど。ってかすぐ帰らなくていいの? 勉強、大変なんでしょ」
「あう……予備校でいっぱい勉強したから、今日はいいかなって」
「けっこう遅い時間だけど」
「南條くんも一緒じゃん」
「僕はいいんだよ。親も大体把握してるし」
捜索願を出されても困るので、どこへ行くか、何時に帰るかは妹にLINEで伝えていた。それが親まで伝わっているはず。
この時、『親』という単語を聞いて、上手さんはとても悲しそうな顔になった。
「もしかして、親に言ってないの?」
「う」
急に、上手さんはうつむいて何も言わなくなってしまった。今まで、僕を追い詰めるようにはきはきと喋ることが多かったから、こんな反応をされるのは意外だった。
彼女にも、大きな悩みがあるのかもしれない。
ただ、そう簡単に話してはくれないのだろう。僕が、上手さんに自分のことを全部話していないように。信頼関係がまだ足りないのだ。
「なんか飲もうか」
「え」
ちょうどカフェの前だったので、僕は上手さんと一緒にカウンターへ並んだ。
「私、あんまりお金持ってなくて」
「僕がおごるよ」
「そんな、悪いよ」
「季節限定のフラペチーノ。飲みたくない?」
「ううっ……」
女子高生で嫌いなヤツはいないであろう定番の飲み物に、上手さんは心動かされている。
あまり読書をするタイプではないのだが、太宰治の『人間失格』を好奇心で読んだ時、女の子は甘いものを与えればだいたい機嫌が直る、という意味の一節があった。実際、妹に試したら本当にそうだったので、僕はそう信じていた。
上手さんは自分で頼もうとしなかったので、僕が二人分頼んだ。僕はあまり甘いものが得意ではないので、ホットコーヒーにしたが。
「はい」
「こんな時間に、こんな甘いもの飲むの、なんかすごい罪悪感が……」
「いいじゃん、一回くらい」
「う、うん。ありがとう」
カフェは長時間居座る人たちに選挙されていたので、僕たちは歩きながらそれぞれの飲み物を飲んだ。
上手さんは、まだ浮かない顔だった。しかしフラペチーノはしっかり飲んでいたので、不機嫌のどん底ではない事はわかった。
「勉強、上手くいってないのか」
僕は、現時点で予想できる、上手さんの悩みの中で最も可能性が高いものを挙げてみた。
「……うん。バドミントンやめて、その分勉強の時間を増やしたんだけど、成績がなかなか上がらなくて」
「そんなにすぐ結果がついてくるものじゃないだろ」
「それはわかってるんだけど……受験まであと二年って考えたら、間に合うかどうか不安」
「医学部なら、一浪か二浪しても仕方ないんじゃないか? しないに越した事はないが」
「そういう人もいるけど。私、現役合格するって決めてるから」
「それで夜の青柳モールをぶらぶらするのは、ちょっと心配だな」
「心配……? どうして?」
「僕は、製作で上手くいかなかった時は、上手くいくまでひたすら続けるタイプだったから。結局、逃げてもどうにもならないしな」
「……っ」
「成績が上がらないなら、上がるまでがむしゃらに勉強すべきだと思うが……まあ、勉強ってつまんねーし、そこまで出来ないのはわかるけど」
「それは……南條くんの言うとおりだよ。できない私が悪い」
「いや。ごめん。上手さんを責めたい訳じゃないんだ。ただ――こんな時間に一人で青柳モールを歩くのは、やめてほしい。心配になるから」
「心配?」
「時間が時間だし、女の子だから。悪い男に捕まったら大変だろ」
「あ、うん……そう、だよね」
上手さんは意表を突かれたような顔をしていた。ちょっと嬉しそうな感じにも見える。
「……じゃあ、二人ならいいの?」
「二人?」
「南條くんも、いつも土曜の夜はここにいるんでしょ。二人でいれば安全じゃない?」
「それは……誰かに見られたら、付き合ってるのかと誤解されるぞ」
「南條くんは、嫌?」
「いや……じゃないけど」
「私のこと、うざくない?」
「うざかったら、話しかけたりしてないって」
「ふうん……そっか……そっか……」
上手さんはそう言って、急に顔が赤くなって、なぜかフラペチーノの最後のひとかけらを力強く吸い上げた。ずぞぞぞぞ、と猛烈な音がして、余計に恥ずかしくなっていた。
「そろそろ帰ろうよ。もう遅いし。自転車?」
「うん」
「送ろうか。夜道は怖いし」
「いいの……?」
「お兄ちゃーん!」
僕史上、女の子と最もいい雰囲気の空間を作ることに成功していたが、急に聞き慣れた妹の声がして、我に返った。
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