第5話

「瑞樹ちゃんに頼まれてオブジェの移動の手伝いに来た、江草万帆と、こっちは山川光くんです」

「……おす」


 江草万帆という女子と、山川光という男子。

 二人とも、僕とは面識がない。ただ山川の方は、青柳高校では一番でかい男子として、知ってはいた。廊下を歩いていても、山川の頭が他の生徒より『頭一つ』ほど高いのだ。

 一方、江草万帆という女子のことはよく知らない。小柄なので、あまり力はなさそうだが。


「わっ! カップルで来てくれたんだ! 私知ってるよ、毎日一緒に、手つないで帰ってるもんね」

「えへへ~」

「……」


 上手さんも、二人とは特に面識がないようだ。ただ没交渉な僕と違って、二人が付き合っているという情報は知っていた。

 やたらと二人の距離が近かったので、そんな気はしていた。

 上手さんが二人のことを言うと、二人とも露骨に顔を赤くして照れていた。うーん、僕からすれば異世界の仕草だ。


「……重そうだが、ここから美術室まで持ち上げて運ぶのか」


 山川は、さっさと仕事を終わらせたいのか、オブジェの形を確認しながら僕に聞いてきた。


「ああ、いや。台車使えるから。美術室は二階だから、階段上がる時だけちょっときついが」

「なるほど。とりあえず台車に乗せるか」


 体育倉庫にあった台車を借りて、四人でオブジェを持ち上げる。

 僕の対面に山川、左手に上手さん、右手に江草さんという並びで、四角形の台座を一辺ずつ持つことにした。

 上手さんはスポーツ万能だが細身なので、馬力はあまり期待できない。江草さんという子も、小柄なので同じだろう。というわけで、僕と山川の馬力がメインになりそうだ。


「いくよ、せーのっ!」


 ところが予想に反して、僕が合図をした瞬間に右手、つまり江草さんの側が勢いよく持ち上がった。


「あっ」


 その後、江草さんは他の三人より飛び出てしまったことに気づき、力を緩めた。それでも、ウェイトとしては僕や山川より強く持っていた。なんだこの子の馬力は。

 上手さんは少ししんどそうだった。僕はそれを見て、オブジェを手早く台車に乗せてしまった。せっかく作品を仕上げたのに、このような運搬作業で手を痛めてしまう美術部員はあとを絶たないから、注意しないと。


「俺が押そう」


 台車に乗せた後は、山川が押し手に立候補した。


「いや、僕でも押せるけど。わざわざ手伝ってもらうの申し訳ないし」

「構わない。たまには力仕事がしたい」


 僕は山川に負担をかける気はなかったのだが、隣にいた上手さんが「うん、じゃあお願い!」と了承してしまった。

 山川が、江草さんと並んで歩き始めた後、遅れてついて行く僕に、上手さんが耳打ちする。


「山川くん、彼女の前でかっこいいところ見せたいんだよ」

「ああ……なるほど」


 僕は納得して、山川に台車を任せた。体格的には十分だし、心配はなかった。


「山川くん、瑞樹と仲いいんだ?」


 歩いている間、しばし無言だったので、上手さんが話を始めた。


「ああ……清宮さんには迷惑をかけたからな」

「それって、生徒会長選挙の応援弁士のことでしょ。瑞樹の匂いフェチを全校生徒にバラしたやつ」

「そうだな……」


 思い出した。

 高一の最後の月に、生徒会長選挙があった。青柳高校の生徒会長選挙は、立候補者の他に応援弁士が一人、演説をする決まりがあった。

 清宮瑞樹の応援弁士をしていたのが、山川だった。

 ところが、生徒会で色々な仕事をこなしている清宮さんと違って山川は人前に慣れておらず、いざ体育館のステージに立ってみると、原稿を持っているのに何を言えばいいかわからなくなって、


『ぼ、僕と清宮さんは……数ヶ月前、清宮さんが僕の体操着の匂いを嗅いでいたところから知り合って、その後色々手伝ってもらって』


 大男の見た目には似合わない、蚊の鳴くような声でそう言っていた。つまらないイベントだと思われていた生徒会長選挙の集会に、不穏な空気が漂い始めた。

 その後出てきた清宮さんが、


『どうも、匂いフェチの清宮です!』


 と開き直って、爆笑を誘ったため、その場はなんとか収まった。

 これで清宮さんは、全校生徒に性癖を晒されてしまったのだ。


「ま、いいんじゃない? 瑞樹、中学の頃からそうだったらしいし」

「それはいいんですけど、瑞樹ちゃん、自分が匂いフェチだってこと隠さなくなって、いろんな人に匂いを遠慮なく嗅ぐようになっちゃったんですよね……隠してた頃と比べて、いろんな人に実害が……」

「あー、それ、私さっき見たわ」


 上手さんと江草さんが会話しているのを、僕は後ろで聞いていた。確かにそこは悪影響を与えているようだ。

 話しているうちに、美術室前の階段までたどり着いた。


「一番力の強い人が、最初に登った方がいいんだけど」


 僕はそう言って、江草さんを見た。

 ところが江草さんは全力で首を振っていた。すごい馬力だと思ったのだが。

 そこで、僕はさっき上手さんが『山川くん、彼女の前でかっこいいところ見せたいんだよ』と言っていたのを思い出した。彼女の方が彼氏より力強かったら、男としては恥ずかしいか。


「山川、頼めるか」

「おう」


 僕は空気を読んで、山川に先頭を頼んだ。

 山川もかなりの馬力があるので、あとは難なく進んだ。美術室の奥にある倉庫の、一番奥のスペースへオブジェを置いた。


「みんなありがとう。あとは僕にまかせて」

「おう」

「じゃ、わたしたちはこれで帰ります」


 山川と江草さんが先に帰って行った。二人は倉庫を出た瞬間、手をつないでいた。江草さんからぎゅっ、と山川の腕に絡みついていた。


「あの二人、ほんとラブラブだよね……」

「ああ……」

「南條くんは、これからどうするの? もう帰る」

「せっかく手つけたし、このオブジェはさくっと解体してしまうよ」

「えっ」


 僕は倉庫にある工具箱の中から、大きいニッパーのようなハサミ型の工具を手に取った。

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