第4話
「ちょっ、瑞樹、何してるの!」
突然、僕に接近してきた清宮さんを、上手さんが羽交い締めにして引き離した。
「何って、南條くんの匂い嗅いでたんだけど」
「いきなり男子の匂いを嗅ぐんじゃない!」
「別にいいじゃん、減るもんじゃないし」
「良くないよ! 南條くんがヘンな勘違いしたらどうするの!」
「え? ヘンな勘違いって何? 良子、南條くんとはただの知り合いなんでしょ? 仮に南條くんが私のこと好きになったとしても関係なくない?」
「~~っ! そういう意味じゃないし! 誰にでも勘違いさせるようなこと、するなってことだよ! お前は犬か!」
「わんっ♪」
清宮さんは全く悪びれていない。
そういえば、生徒会長の清宮さんは、実はとんでもない匂いフェチだという噂を聞いたことがある。ただ、それで評判が落ちることはなく、かえって清宮さんのキャラを際立たせているのだが。
「南條くん、なんか油っぽい匂いするね!」
「えっ……マジで? 加齢臭的なやつ?」
清宮さんに自分の匂いの感想を言われ、僕は思わず身体の匂いを確認してしまう。体臭に気を使っているわけではないが、油臭いと言われるとさすがに辛い。
「あっ、そういう意味じゃなくて、何ていうかな、人工的な油? みたいな感じ。ニスとかワックスとかそういう系の匂い」
「あー……僕、美術部だから、画材の匂いが制服についてたのかもしれない」
「それだ! ってか、南條くん美術部だったんだ! 思い出した、体育館の入り口に飾ってあるオブジェ作った人でしょ」
「……そう、だよ」
「どうりで名前は聞いたことあると思ったんだ!」
清宮さんは自分のテンポでどんどん話を進めるが、僕は、その自作オブジェについて、今は触れられたくなかった。だから歯切れの悪い言葉でしか返事ができなかった。
「ねえ、実はあのオブジェのことでお願いがあるんだけど……」
「何?」
「あれ、けっこう大きいし、みんなが通る体育館の入り口にあるからちょっと問題になってて」
「邪魔、ってこと?」
「えっと、私はいいと思ってるんだけど、七月にある球技大会までには撤去しないと、人通りが多くて危ないから……」
「いいよ。僕もあれ、撤去してほしいと思ってたんだ」
「そうなんだ! ちょうどよかった。でもあれ、どこに持っていけばいいかな」
「とりあえず、美術室の裏に、美術部が使ってる倉庫があるから、そこまで運ぶ。あとはそこで、僕が解体するよ」
「えっ、解体しちゃうの!? なんかすごい賞とった作品なんだよね、あれ」
「別にすごい賞とかじゃないよ。もう展示会は終わってるし、あんな大きいもの、ずっとそのままにはしておけないから。いつか解体しないといけない、とは思ってたんだ。別に気にしなくていいから。ただ、大きくて一人では運べないから、できれば生徒会の人に手伝ってほしい。美術室まで運ぶだけでいいんだけど、美術部は女子ばっかりで力に不安がある」
「それなら、私が手伝える人を呼ぶよ!」
「わ、私も手伝う!」
僕と清宮さんの会話を聞いていただけだった上手さんが、話に割って入ってきた。
「えっ、良子が? すごく力強い友達呼ぶから、別に大丈夫だと思うけど」
「私もやるよ! どうせ放課後は暇だし」
生徒会でも美術部でもない上手さんにまで手伝ってもらう必要はないのだが、なぜか強くアピールしてきた。
「ふうーん。じゃあ今日の放課後、友達呼ぶね。私は生徒会の活動で行けないから、代わりに良子がやっといて」
「うん、そうする」
* * *
放課後。
上手さんと一緒に、例のオブジェが飾られている体育館前に向かった。
手伝う、と言い始めた時は乗り気だった上手さんだが、なぜか今は浮かない顔をしている。やっぱり、こんな面倒なことに付き合ってもらうべきではなかったか。
清宮さんが手配したという手伝いの人はまだ居なかったので、僕たちは二人でオブジェを見ていた。
「なんか、すごいよね、これ」
『天変地異』と名付けられた、高さ二メートルはある立体のオブジェだ。
一番下に大きな石でできた台座があり、その上に空き缶、ビニール袋、割り箸、鉄くずといったどこにでもありそうなゴミが、ワイヤーで螺旋状に、吹き上がる竜巻のように固定されている。
台座には製作者である僕の名前と、『青美賞受賞作品』という記念のプレート。
「私、美術は詳しくないんだけど、この青美賞って何?」
「ああ、青美展っていう、青柳市のアマチュア美術家が出展する展覧会に出してもらった賞だよ」
「えっ、それってすごい賞じゃない? 地域のニュースで青美賞の案内、やってるよね。あれ、高校生だけの展覧会じゃないんでしょ?」
「まあ、大人も混ざってる。高校生の方が、将来もあるし優遇されがちだけど」
「それでもすごいよ。これ、解体しちゃうのすごくもったいないと思うんだけど」
「……置く場所がないから。僕の家にも置くスペースないし、そもそも運ぶ手段がない」
「小さく分解して運ぶとか?」
「これ、台座の石とか、巻き上げられてるゴミとか、固定するワイヤーの素材もかなりこだわったから、少しでも崩してしまうと、作品としてはもう終わりだ」
「そっか。ごめんなさい、適当なこと言って」
「いいよ、別に」
「ねえ、これ、作るのにどれくらいかかったの」
「半年くらいかな」
「半年!?」
「ずっとこればっかり作ってた訳じゃないけど。構想を練って、実際に使えそうな素材を探して、形になるまでの期間は、多分それくらい」
「すごい……半年かけて一つのものを作るなんて、私には到底できない」
「別に、運動部の人がずっと同じ競技練習して、試合するのと同じだと思うけど」
「確かに似てるけど、やっぱり違うよ。一つのものにそれだけ集中できるなんて。そんなもの、解体するのはもったいないよ」
「いや。僕はもういいんだ」
「でも――」
どうして上手さんは、僕のオブジェの処分にこだわるのだろうか。
『なんでも上手さん』とはいえ、美術には詳しくないはず。そもそも高校生が作った不完全な美術品に、大した価値はない。そんなに執着するものでもないだろう。
「手伝いに来ましたー」
などと、僕と上手さんが押し問答をしていたら、清宮さんが呼んだ手伝いの人が現れた。
僕に声をかけてきたのは、ボブカットで童顔の、小さな女子で。
その隣に無言でついて来ていたのは、身長二メートルはありそうな大男だった。
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