第6話

「一人でも、できなくはないけど。けっこう背が高い作品だから、手伝ってくれると助かるな」

「待って待って、それはもったいないよ」


 僕は高い位置の解体をするため、丸椅子を持ってきた。

登ろうとしたら、上手さんがパン、と両手を丸椅子の座面について、僕の進路を塞いだ。


「……僕の勝手だろ。自分が作ったものをどうしようが」

「待ってよ。絶対おかしいよ。これ、すごくいい賞もらった作品なんでしょ? 私、中学の時にバドミントンの大会で優勝してもらったメダルとかずっと大事に取ってあるし、絶対捨てたいとか思わないもん!」

「僕はこれ、もう見たくないんだよ」

「どうして? 賞はもらったけど、本当は出来が気に入らないの?」

「いや。出来は、本物の美術家にはとても勝てないけど、今の時点での実力を最大限出せたと思ってる。それは間違いなく、今もそう思ってる」

「じゃあ、余計わからないよ。どうして解体する必要があるの?」

「……なんで、上手さんは僕の作品に、そんなにこだわるんだ? もしかして欲しいの?」

「置き場所がないのなら、うちの家に置いてもいいよ。けっこう広いから。でもそういう問題じゃない。私は、南條くんがそれを解体しようとしていることが、嫌なの」

「なんでだよ……」


 青美展での展示も終わり、作品としてはもう、学校に飾るくらいしか価値がない。上手さんがこのオブジェを気に入ったとは思えない。どちらかというと蔵人向けを意識した作品で、美術の知見がない人は見てもよくわからないと思う。

 だから、上手さんが僕の行動をここまで気にする理由が、よくわからなかった。

 そもそも、ちょっとクレーンゲームを手伝ってあげただけの関係だ。お礼に手作りのお菓子を作ってくれたり、オブジェの移動を手伝ってもらったり。

 僕みたいに陰キャラでかっこよくもない人間への扱いとしては、出来過ぎている。


「なんで……僕のことを、そんなに気にするんだ」

「だって、気になるよ。こんなにすごいものを作った人が、それをすぐに壊しちゃうなんて。何かあったとしか思えないんだよ」


 もしかして、上手さんは僕が荒れるきっかけとなったあの事件を――詳細はわかっていないにしても、僕が大きなショックを受け、立ち直れなかったことに感づいているのか。

 クレーンゲームを手伝った、たったあれだけの接触で。

 誰にも、話してなかったのに――


「ユーイ!」


 と、僕が言葉に詰まっていたら、突然倉庫のドアが開いて、威勢のいい女子の声がした。


「げっ! お前は鷹野きなこ!」

「えっ、何、誰?」

「逃げるぞ!」

「えっ、ちょっと!」


 僕は、倉庫の裏口にある隠しドアを開けて、外に出た。このドアは屋外階段につながっている。通常は使用禁止のため、ドアを出てすぐのところに腰の高さくらいの柵がされているのだが、僕はそれをまたいで逃げた。


「待ってよ!」


 上手さんも追ってきた。

 柵に手をつき、両足を閉じたままジャンプ。まるでアクションゲームのキャラのような、華麗な動きだった。ちょっとかっこよかった。


「んんー!」


 突然あらわれた女子――鷹野きなこは、とても背が低いので、僕や上手さんのように柵を越えることができず、逃げる僕たちを唸りながら見つめていた。

 一番下の階まで降り、校舎を出ようとしたところで、上手さんに腕を掴まれた。


「ちょっと、待って! なんで逃げるのよ!」

「ああ、すまん。今日は美術部、活動日じゃないと思ってたんだが、見つかってしまったからな」

「どうして見つかったらまずいの? 南條くんも美術部なんでしょ」

「二年になってから、顔出してないんだ」

「えっ……」

「退部届は出してないから、どういう扱いになってるのかは知らない。とっくに除名されてるのかもな。美術部の誰にも、ちゃんと説明してないし」

「やっぱり、みんなには言えない理由があるのね。それ、私に教えてくれない?」

「なんでだよ? 上手さんには関係ないだろ」

「もしかしたら、私のアイデアで解決できるかもしれないでしょ」

「いやいや、無理だって。アイデアとか、そういうもので解決する問題じゃないんだ。僕の人生の、根本的な問題だから」

「人生の根本的な問題……」


 上手さんをとにかく遠ざけようとして、なるべく重い言葉を選んだつもりだった。

 ところが、上手さんは『人生の根本的な問題』という言葉を聞いて、より真剣な目になった。

むしろ共感しているというか、僕に介入しようとしている熱い心をいっそう強く燃やし始めたような気がした。

 僕はその反応が予想外だったのと、これ以上上手さんを遠ざけるための言葉が見つからず、もう走って逃げるくらいしか手段がなくて、ずっと黙っていた。もっとも、走って逃げたところで、体育会系の上手さんには追いつかれそうだが。

 じとり、と重い空気が、廊下の片隅に漂っていた。


「……それ、私には言う気になれないんだよね」

「……まあ、そうなるな」

「わかった。これ以上は聞かない。南條くんを嫌な気持ちにさせたくないから。でも、あのオブジェを解体するのは、ちょっと待って。南條くんに必要なくても私はあのオブジェ、大事なものだと思うから」

「……まあ、別にもうどうでもいいし。体育のたびに見ないといけない場所から倉庫の隅へ移動できただけで、十分だしな。解体は僕以外の誰かがするかもしれないし」

「そんなこと、私がさせないから」


 そう言って、上手さんは踵を返し、去っていった。

 その時僕には、上手さんの後ろ姿が、とても細い体つきなのに、廊下じゅう、いや学校じゅうを包み込むほど大きなオーラを出しているように見えた。

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