第六話 あの、町に入りたいんですけど何か身分証とか必要ですか?
こいつの話どおりに轍跡っぽい道を一時間ほど歩いたら、丈夫そうな木の柵に囲まれた町が見えてきた。
もう少し歩きやすい道だったらもっと短時間で着いたんだろうけど、こいつはともかく俺の歩く速度が遅すぎて一時間近くかかっちまったよ。
といっても俺がそこまで遅いんじゃなくて、こいつの身体能力が高すぎるんだ。あの歩きにくい道を鼻歌交じりに進んでたからな。あんな歩きにくそうな革靴を履いてるのに……。
「はぁ、教えて貰った通りに割と近くにあったよ……。割と小さそうだけど規模からいえば町になるのかな?」
「町という話じゃな。ほう、ずいぶん物々しい奴がおるぞ」
この辺りはあんな柵で防衛しないといけない状況なのか、関所みたいなの作ってガタイのいい強面の奴らが門番してやがる。
でも、見張りにしてはっピリピリした殺気もなく、どことなくやる気が無さそうだし門番だとしても油断しすぎじゃね?
「向こうが仕掛けて来なけりゃ、穏便に済ませるって事でいいな? 俺は町に入れて貰わないと困るんで頼むぞ」
「わらわも同じじゃ。理由も無しに誰彼構わず襲ったりはせんわ」
怪しい笑みを浮かべて何口走ってるんだこいつ。理由があれば槍を持った奴を素手で襲えるって事か……。
そんな気はしていたが、やっぱりそれなりの力を持っていると考えるのが妥当なところだよな。
「そこで止まれ!!」
関所らしき場所に辿り着くと、門番の片方が槍を片手に話しかけてきた。そういや俺たちは人気の無い荒れた道にむさい男と女の子の組み合わせ、まあこの時点で十分に怪しいよな。親子には見えないだろうし、年の離れた兄弟にも見えないだろう。
「そこのお前ら。見かけない顔だが、どこから来た?」
この門番が日本語を話してる? そういえばこいつとも普通に会話ができてたな。こいつがおかしな存在だと思ってたから気にしなかったが、この世界は普通に会話が成立すると思っていいのか?
いや、少なくともこの門番は口の動きがおかしいから別の言葉をしゃべってるはず。
まあ、今はそんなことを考えるより聞かないといけない事がいろいろあるし、そのあたりはとりあえず後でいいか。
「道に迷って気が付いたら森の奥でして。向こうの廃村っぽい小屋から来ました」
「お…お前、森だと? 森ってあの廃村の奥にある南の大森林の事か? あの森に繋がる別の村か集落が存在したのか?」
……あの森、何かヤバい場所なのか?
確かにあれだけ歩き回ったのに小動物すらほとんど見かけなかったのは異常だ。
見かけた小動物といえば……なんかいたっけ? ああ、あのへんな鳴き声の鳥が割といたぐらいか?
「野生動物の少ない安全な森……、って訳じゃなさそうですね」
「あったり前だ!! あの森の事を知らないって事はどこかからの流民かなにかか? お前の村があの森の近くだったらあの噂くらい知ってるだろ? 知らねえのか? そっちのお嬢ちゃんはともかく、お前はここらじゃ見かけないような服を着てるし……」
「いろいろ事情がありましてね。あの森ってそんなに危険なんですか?」
男は頭をぼりぼり掻きながら、マジかこいつ的な顔をしやがった。
なに? この辺りだと常識レベルの話? こいつはあの森の事について何も言ってなかったぞ。何か気を付けないといけない事があるなら言って欲しかったんだがな。
「あの森の最深部には恐ろしい大食らいの竜がいるんだ。昔からあの森に野生動物の数が少ないのは、そいつが森の動物を食いつくしてるからだと言われてる」
「確かに結構森を歩きましたが、鳥以外は野生動物がほんとに居なかったですね」
リス系とかネズミ系の小動物までほとんど見かけなかったんだから相当なモノだろう。
「あの森の動物に関しては食われてるって説と、竜の気配を察して逃げてるって説があるぞ。何せだだっ広い森だからな、小動物だったら何とか隠れることぐらいできるだろう」
なにそれ?
俺が歩いた場所、ほとんど小動物すらいなかったって事は……。
「動物を見かけなかったって事は、俺が歩いた場所の近くにいたかもしれないって事ですか?」
「竜がいるのは最深部の筈なんで、その心配はないと思うぞ。以前何度か廃村の近くで目撃情報があってな、それであの村の住人は全員あの村捨ててどこかに移住しちまったって話だ。もう十年近く前の話だが、それ以来あの森に入ろうなんて酔狂な奴なんていねえよ。最深部に居るってわかってはいるんだが、だからといってそんな保証はどこにもない訳だしな」
「森の木が薙ぎ倒されてたのはその時の……?」
「ああ、おそらく十年前に目撃された時のだろう。それ以来あの竜の通り道みたいな場所には、鳥位しか近付かないって言われてるな。お前、この話聞いた後でもあそこに行きたいか? ま、そういう事だ。無事でよかったな、運がいい奴だ」
木の実やキノコが綺麗な状態でたくさん残ってたから怪しいと思ってたんだけど、やっぱり危険な場所ではあったんだな。
しかし、十年経っても小動物すら近づかないって竜の脅威って相当なレベルだ。
まあ、出会ったら即死確定なんだろうし、丸ごと食われたら骨も残らないだろうしな……。
「心外なのじゃ……」
こいつ、ぼそっと聞こえて欲しくないことを呟かなかったか?
……この世界の竜って、こういう真似ができるのか? それともこいつが特別なのか……。追及したら完全に藪蛇だし、ここはスルー推奨だな。
それよりもだ、ここを通して貰わないと。
「あの、町に入りたいんですけど何か身分証とか必要ですか?」
「え? いや、この関所は森からその竜が出てこないか見張るのが主目的で、あとは山賊とかを追い払うくらいだ。山賊もあの森があるおかげって言っちゃなんだが、こっち方向から来ることはほぼないが」
「身分証が無いんだったら、この街でもギルドに登録位はできるぞ。旅をしているんだったら冒険者ギルドか商人ギルドだな。この町に根付いて仕事探すんだったら職人ギルドとかもあるぞ」
もう一人の門番も会話に参加してきた。って、見張りはいいのかよ!!
まあ、このままあの森を見張ってもくだんの竜は出てこないと思うぞ、たぶんだけどな。それより……。
「各ギルドって何か違いとかあります?」
「冒険者ギルドは各種便利屋業というかな、冒険者ギルドに持ち込まれた依頼を紹介したりして、登録してる冒険者が実力と懐具合を相談して依頼を引き受けるって寸法さ。商人ギルドは独立商人の認可とか色々だな。物によって手数料はかかるが商品の代理販売とかも受け付けてる。職人ギルドは鍛冶屋とか建材屋とか大工とかの職人系斡旋組合みたいなもんだよ。一般的な建材なんかは、そのあたりの個人商店や商会でも扱っちゃいるがな」
冒険者ギルドと商人ギルド……、組合ね。職人ギルドは職人専用のハロワみたいなもんか。
手数料を取っての代理販売か……、商人ギルドに商品を卸せば店とか屋台を用意しなくても物が売れるな。手数料次第で考えてみてもいいかもしれない。というか、それが一番近道な気がする。
「その代理販売って個人で申し込めばできるんですか?」
「ああ、商人ギルドに登録さえすればだれでも利用できるって話だな。あと個人で店を出す場合も、屋台なんかは町の中で店を出していい区画なんかも決まってから、露店なんかで物を売る時もある程度は話を通さないといけない。そのあたりは詳しく聞いておかないといきなり役人に囲まれて販売を禁止されたりと碌な事は無いぜ」
料理は日持ちしないのも多いだろうし、料理を用意して「どれだけ売れるかな~♪」とか考えてる所に役人が来て販売停止とかありえない。
俺の場合アイテムボックスがあるから無駄にはならないだろうけど、普通だったら仕込んだ分の料理が全部おシャカになるところだ。おおこわ。
「ちなみにここからだと商人ギルドが一番近くて、この道をまっすぐ進んだ先にあるあの建物になるぞ」
「いろいろありがとうございます」
「おう、行商人か冒険者になるかは知らないが、頑張れよ」
ガタイのいい割と強面の門番だったが意外にいい人だった。
こいつは何食わぬ顔で門を通過したけど、こいつ町中で暴れないだろうな?
「ヴィルナ、俺はとりあえず商人ギルドに寄るけど、異存はないよな?」
「ひさしぶりの町じゃが、特に異存は無いの」
こいつの久しぶりって何年位を指すんだ?
まあ、お互いに詮索無しって取り決めだ、あまり考えるのはよしておくか……。
◇◇◇
関所を抜けるとしばらく土が剥き出しになった道が続き、そして周りにはいろいろな造りの家や店が立ち並んでる。
昼前だからなのかはわからないが、通りに人の姿は多い。そして全員が普通の人……、よくファンタジー物の小説で見るような獣人やエルフなどの亜人種は見当たらない。まあ、幾分怪しい奴は隣にいるけどな。
ここが大きな通りである可能性は高いけれど、治安はほどほどに良さそうだし、不審者というか怪しい格好をしている奴はあまりいない。
若干、薄汚れてる服を着てる人も多いけど、継ぎ接ぎだらけのぼろぼろの服を着ている人はいないのは驚きだ。
布や服を大量生産する技術があるのか、それとも全員縫製技術をある程度持ち合わせているのかは不明だが。って、そういえばこいつは服や靴とかをどうやって手に入れたんだ? でも、それも聞きだしたら藪蛇なんだろうな。普通に買ったとは思えないし。
「靴にしても、服にしてもそこそこ整ってる……。服なんて近年の大量生産に入るまでは割と高級品だった筈。カラフルとはいいがたいけどそこそこ染められているし」
「うむ。この辺りのにん……、んっん。この辺りの者は、昔から割とよい服を着ておるな。靴も割とよい革で作られておるぞ」
昔っていつだよ? しかし失礼な言い方かもしれないけど、こいつが昔からという事はこの世界の文明レベルって割りと高い?
でも道が
この辺りが屋台を出していい区画なのか、通りには屋台なども多いしそこで昼食を済ませてる人も結構いるな。俺の所までいいにおいが漂ってくるし……、食材は一切不明だけど。
「あの食べ物もおいしそうじゃな」
「悪いが今はあれを買う金は無いぞ。まあ、この世界の金が手にはいったらああいった店で食べるのもいいかもしれないが」
「この世界?」
失言。まあ、こいつもうっかり人間とか口走りそうになったしお互い様だろう。
「訳アリでな。あまり気にしないでくれ」
「了解じゃ。それで金が入ったら
「アレを買う位は余裕だと思うけど、ダメだった時は諦めろよ」
無事に何事もなく商人ギルドに登録して、そしてあの飴か傷薬を買い取らせる。
それが完了すれば、あんな屋台の料理位いくらでも買える筈だ。
「アレが
間違っても二度もこの世界のとは言わない。それはさておき、売り買いに使われているのは紙幣ではなくて硬貨? 錆びて薄汚れてるけどあれは銅貨だろうか?
銅といっても色的には江戸時代の古銭とかと似たような色だし、混ざり物の多い青銅か何かなんだろうな。
「……何の肉かわからないけど、あの大きさの串焼きで銅貨一枚? 銅貨の価値が高いのか、それともここの物価が安いのか……。べっこう飴を売ろうと思ってるけど、甘い物は……全然売ってないな。やっぱり砂糖の入手がネックなのかな?」
「べっこう飴?」
さっきポケットに突っ込んでいた包みを取り出してみたが、意外にも溶けてなかった。
これなら渡してもいいだろう。
「これだよ。まだたくさんあるから、その包みの飴は食べてもいいぞ」
「ほう。なかなか綺麗な食べ物じゃな。んっ……、こ…これは、物凄く甘くて美味しいのじゃ!!」
渡した包みの飴を取り出し、おいしそうに舐め始めた。まあ、甘い物といえば森になった果物位だろうし砂糖の塊な飴の甘さは衝撃的だろうな。
やっぱり安全策としてはべっこう飴や傷薬かな……。傷薬にする場合はそのうちあの森に行く必要があるけど、問題の竜はもうあの森で見かける事はなさそうだし……。確信がある訳じゃないけど、なぜかそんな気がする。なんでかな~♪
とりあえず、飴を交渉材料にして商人ギルドに持ち込んでみるか。だめならまた考えりゃいい。
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