第五話 で、なんでこんな場所で倒れてたんだ?
「さて、適当に朝飯を済ませて。とりあえずこの村周辺を調べてみるか」
これで残りは一万七千円。
こんな何もない世界、水もそうだけど何か生活必需品で大きな買い物をしたらあっという間に消えてなくなるぞ。この状況は、かなりヤバい。
さっき作った飴も一つ食べてみた。人の口に入るものだし、こうやって味見をしてみないと売るわけにはいかないからな……。口に入れた瞬間、ドライフルーツの味が飴全体に滲み込んでるというか、べっこう飴の部分にもドライフルーツの味がほんのり感じられる。これは思っていたより数段いい仕上がりだ。
形も丸っこい花の形だし、見た目もかわいいから普通に売れそうな気はする。
四個しか入ってない試食用の包みはこれで残り三個……。
「このアイテムボックスに手持ちの現金以外で金を補充する方法も考えないといけないかもしれないな。この飴かあの傷薬を売って、この世界のお金を投入って方法が可能かどうかがカギだな」
割と近場に他の村か町があると助かるんだが。
「この世界の金か……、もしこの世界の金が硬貨だった場合、手に入れた時に財布の中で元の世界の硬貨と混ざると危険か?」
百円玉とか銀貨と間違えられてもおかしくないしな。
向こうの勘違いでまずい状況に陥る可能性もゼロじゃない。安全策としてアイテムボックスに【小銭】フォルダを作ってそこに保管しておくか……。
「よし、これで準備万端。財布はこの世界の金を入れる用としてガワだけにしたし、万が一落としても痛手にはならない」
この世界だとこんな使い古した財布でもそこそこ値が付く可能性もある。
もしくは逆にこの世界の革製品が安けりゃ新しい財布を買い直してもいい。
そういえばカバンの中にペットドリンクのおまけでついてた小さいエコバックが幾つもある。何かあったときの為にこれも一応アリスパックのポケットに入れておくか……。こういった小物も毎回アイテムボックスから出す訳にもいかないし。
飴の包みも移動時のカロリー補給用として二包み程アリスパックのポケットに入れておく。こういう時このバッグはポケットが多いから便利だな。
準備完了、さて、気合を入れて人里を探しますかね……。
◇◇◇
とりあえずこの廃村の周りを調べたけれど、どこかに繋がってそうな道は北方面に向かっている道が一本残ってるだけだった。なぜ向こうが北かわかったかといえば、役に立たないオマケだと思ってた腕時計のコンパス機能が、まさかこんなところで役に立つなんて思いもしなかったな……。まあ、この星の磁気とかが狂ってなければの話もあるけどな。
南側は昨日脱出した広大な森が広がっており、道のような物といえばその森へ繋がるあの轍のような荒れ地があるだけだ。
というか本当に広い森だ。俺はよく無事にこの廃村に辿り着けたよな……。
「人いない、何処にもいない、見当たらない。っと、俳句風に言っても誰も突っ込む事も無し……、季語もないのにな。こんな状況だと独り身が気軽だけど、ちょっと寂しいよな」
あの廃村の周りがあそこまで荒れ果ててたんだ、そこに繋がる道も相応に荒れていると思ったが想像以上に歩きにくい道だった。
むしろ地面が固い分、昨日の森の中より足に来るダメージがキッツイ位だ。
あの森の中は腐葉土化した枯れ葉が滑って歩きにくかったけど、まだマシだったんだなと痛感するぜ。
「三十分以上歩き回って人工物は畑や小屋すら無しか。いや、まあ昨日の荒れ地の一角が畑であった可能性はあるんだけどな。昨日森で採集したモリヨモギとかは道端にいくらか生えてたから割と追加補充出来たのはよかった事だが、このまま夕方まで歩いて野宿とかは勘弁して欲しい所だぜ」
野宿って事になって、
残り資金が二万切ってる状況でそんな物を買ったら、封筒の現金を間違いなく追加する羽目になるぞ。
「あの廃村に戻るかどうかの判断は早めにしなけりゃいけないな……って、あれ、もしかして人か?」
道端に人が倒れている!!
第一異世界人発見!! っていうか、そんなことを考えてる場合じゃない!!
急いで近づいて確認してみたが、倒れていたのは小柄な女の子だ。もしかして死んでるんだろうか?
ここは異世界、もしかして強盗とか暴漢に襲われた? 服はそこまでボロボロじゃないけどあちこち擦り切れてるし。緊急時とはいえ痴漢に間違われるのはアレだし、あまり細かい所まで調べるわけにはいかないけど、なんとなく襲われて殺された感じじゃないな。
頬はこけてるし腕や足もそうだけど全体的にわりと痩せている。どんな理由があったのかは知らないが、まだ若そうなのにこんなところで行き倒れちまったのか?
「かわいそうに、埋葬してやりたいところだけどこの世界ってこのままそのあたりに埋めていいのか?」
火葬なんか無理だし、だいたい死体を勝手に焼いたりしたら問題に……、ん? 胸が僅かに上下してるって事はこいつ生きてるのか!!
「おい!! しっかりしろ!! 俺の言葉が分かるか?」
「ン……、だれ……じゃ?」
よし!! なぜか言葉が通じたし、意識がある!! よかった、この子助かるかもしれないぞ!! ……ん? じゃ? 今こいつ語尾にじゃとかつけてたか? この位の歳で?
……こんな辺鄙なところで倒れていることといい、怪しさ満艦飾なんだけどなこいつ。極度のおばあちゃんっ子でなけりゃ物の怪の類である可能性の方が高そうだ。……このままここで殺していた方が世のため人の為なのかもしれない。でも、こいつが何であろうとも助けられるんだったら俺は助けてやりたい。自己満足な偽善だとしてもな。
「意識はあるみたいだな。大丈夫か?」
「ミ……水じゃ。あと何か食べ物を恵んでくれんか?」
「水だな。とりあえずこれとコップを……、あっ!!」
二リットルの水が入ったペットボトルを俺から奪い取ると強引に蓋を開け、両手で抱えて豪快にゴキュゴキュと音を立てて飲み始めた。
あれだ、透明ボトルタイプのウオーターサーバの水を流しっぱなしにしたらあんな感じになるよな。後は食料か……。とりあえず背中からアリスパックを下して、飴をひと包み取り出してとりあえずポケットに突っ込んだ。飴は高カロリーだろうしこういった時に食べるものとしてはいいだろう。
俺はアリスパックを覗き込むような姿でこっそりとその中にアイテムボックスを呼び出して
この飴を渡してもいいけど、こいつかなり食いそうだし……。何か喰いでのありそうな食べ物を買ってやるか。
「ホットドックがひとり十本限り一本百円のセール中? イラストを見る感じだとひとつで割とボリュームがあるけど、この際だから十本全部買っておくか」
宅配ボックスから出てきたホットドックはまだ作り立てみたいに暖かく、そしてホットドックと呼ぶにあまりにデカかった。ハーフバケットクラスのパンにそれより長いソーセージが挟まれて、刻んだピクルスと玉ねぎがふんだんにちりばめられ、そしてそこに波打つようにからしとケチャップが見事な二色のストライプを描いている。
って、何考えてんだよでかすぎだろ!! こんなアメリカンサイズは絶対日本のコンビニとか店で取り扱ってないぞ!! バッカじゃねえか? こんなの俺が食っても一個で十分腹いっぱいだよ!! というか、これが百円であるなら朝サンドイッチなんて食べずにこっち買っときゃよかったよ。
奇妙な気配を感じた俺が後ろを向くと、手に持つホットドックに熱い視線が突き刺さっていた。こいつこのホットドックを完全にロックオンしてるな。
「それは食べ物か? わらわが食ってもよいのか?」
「おう。食えるんだったらいいぞ。って、ほんとに食いきれそうだな……」
こいつ俺の手からすごい力でホットドックを奪い取ると、さっきまで飲んでいたペットボトルの水を片手にあのでかいホットドックをバクバク齧って減らしはじめた。
あっという間に一本食いきって、俺が渡すとそのまま二本目も変わらぬ速度で腹に詰め込でみせる。そして三本目、四本目と受け取り、ようやく腹をなでて満足したのは十本目を食い終わった後だ。
「もう腹いっぱいなのじゃ……。助かった、感謝するぞ」
今買ったあのバカでかいホットドックを十本全部食い尽くしやがった。大食いだろうとは思ったけど、まさかここまで食うとは想像もしてなかったけどな。あのホットドックは美味そうだったし残ったらあとで昼飯にしようかと思ったけど、なくなっちまったから昼飯はまた別の物を探すしかない。
しかしこいつ、飯を食っただけで痩せてた身体も何となく普通の状態に戻ってるし、どんな体の構造してるんだろう?
まあいい、こいつがなんであろうとこの世界の情報を得る為の貴重な存在だ。あれだけ飯を食わせてやったんだから少しくらい色々聞いてもいいだろ。
「どういたしまして。で、なんでこんな場所で倒れてたんだ? もしかして近くに町でもあるのか?」
「ん? おぬしはその町から来たのではないのか? そういえば、おぬしの匂いはあっちからするのぅ……」
匂いだけで俺が来た道が分かるのかこいつ。
まあ、こいつは多分人外で確定だな。普通の人間は腹が減っているからといって、
「正解というか、俺は色々あってそっちの先にある廃村に泊まってたんだ。それでこの辺りにある村か町を探してたんだけど……。そういえばまだお互いに名前も知らなかったな。俺は
「わらわの名はヴィルナ。さっきは助かったのじゃ」
「大したことじゃないさ。それで、ヴィルナはこの辺りにある村か町の場所を知らないか?」
こいつが何処から来たのかを聞く方が話が早いんだろうが、その話題は完全に見えてる地雷だし。
敵対してないんだったら藪をつついておかしなことになるより、穏便にこの場を切り抜けた方がいい。
「名前は知らぬが、この先を少し行けば割と大きな町があるみたいじゃな」
「この先を少し行けばいいのか。ありがとう助かったよ」
よし、これであの廃村に戻る必要は無くなったな。
あの飴か傷薬が捌ければ、その町で宿を探せばいいし。
「うむ、どうじゃおぬし。わらわも連れて行かぬか?」
「ヴィルナを? おまえ、今日会ったばかりのこんな怪しい男に付いてくる気か? 俺が悪人だったらどうするつもりだよ」
ここは穏便にこいつを追い返さないとな。こいつからはヤバい予感がビンビンする。
「行き倒れた見ず知らずのわらわに、あんなに美味い食べ物を惜しげもなく恵んでくれたのじゃ。おぬしからは悪人……という感じの気配はせんな。怪しい男という部分は確かに何かありそうじゃが」
「察してくれればありがたいが、俺にも色々あるんでこの先の保障は出来ねえぞ。それでもいいなら付いてくるか?」
「それが素の話し方か? 心配せずともこう見えて自分の身は護れるゆえに安心するのじゃ」
ああ、そんな感じだよな、こいつは。
こんな場所で行き倒れてるのが不思議なくらいの存在だろうぜ。ったく。
「訳アリはお互い様っぽいが、余計な詮索は無しで行こうぜ。俺の呼び方は
「ではソウマと呼ばせてもらうかの。よろしくなのじゃ」
なんかこの世界でいきなり厄介ごとを抱え込んじまった気がするな。
まあ、俺がこの世界に呼び込まれた異端なら、こいつもおそらくこの世界での異端だろう。異端同士上手くやれるかもしれない。
俺とこいつの食い代、それに宿代なんかを稼がないといけない訳か? そうだ、こいつがこの世界の金を少しでも持ってりゃこの世界の貨幣の事が分かるんじゃないか?
「ヴィルナ。おまえ金とか持ってるか?」
「持っておったら、あんなところで行き倒れてはおらぬ」
「ま、当然だよな。俺もそこまで持ち合わせが無いから、最悪野宿する可能性もあるぞ」
「宿など気が向いた時に使えばよい話じゃ。雨露をしのげる場所があれば、そこで寝てもよかろう」
これがこの世界の普通の感覚なのか、こいつだけの感覚なのかはわからない。
もう少し突っ込んで色々聞いてみる? いや、今の時点でコイツを信用しきるのは危険だ。
アイテムボックスの事はいずればれるかも知れないけど、その時までは秘密にしておくのが得策だろうな。
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