第七話 先立つものが無いと流石にヤバい




 現代と比べると流石に見劣りするとはいえ、道沿いに建てられている家の造りは割としっかりしてるし、この世界の建築技術もそれなりにあるんだろう。二階建て以上の家まで割とあるし、あのかなり先にある家? あれはかなりでかそうだ。


 立派なというか大き目で造りのいい家の窓には板ガラスのような物がはめられている。え? この世界あんな板ガラスっぽいもの作れるの? でもほとんどの家にはただの板がはまってるし、やっぱりあの板ガラスっぽい物は高価なのかもしれないな。


 まあ、そんな事よりも……。


「まずは商人ギルドだな。先立つものが無いと流石にヤバい」


「そうじゃな。食べ物が買えぬ事態は避けたい所じゃ」


 現状、最優先事項はこの世界の金を入手する事だよな。


 一番いいのはドライフルーツ入りの飴、次点でまだある程度は追加で作れる傷薬をそのまま売ることができる場合だけど、流石にそこまで甘くはないだろうか?


 飴にしても傷薬にしても寿買じゅかいが使えないと入手すらできないけど、流石に商人に入手ルートを聞く馬鹿はいないと思いたい。けど、たまにとんでもない馬鹿も存在するからな……。


 お、あそこが商人ギルドか……、っていうか、なんで俺この世界の文字が読めるんだ?


 こいつはともかくさっきの門番とも普通に会話できたし……。と、そんな事よりもだ、とりあえず商人ギルドにはいらないとな。建物の中にも、商人ギルドそのものにも。


「いくしかねえな!!」


 ドアを開けて商人ギルドに入ると、いくつかの窓口に分かれていた。この辺りは元の世界の役場なんかを思い起こさせる造りだぞ。


 ずら~っと用件ごとに並んでる窓口の一番奥の端に登録受付&案内と書かれたプレートが掲げられている。


 あそこで話を聞けばいいのかな? 案内とかは他でも受け付けてるらしく、あそこは初心者というか新規登録者用なんだろうな……。さて、行くかね。


 受付に居たのは二十代くらいの若い女性職員。この商人ギルドの職員はネームプレートとかは付けていないようだ。個人情報は守られなきゃな。


「すいません商人ギルドに登録したいのですが……」


「はい登録ですね。少しお待ちください」


 同じ用件で訪れる人が多いのか、手際よく手元の小箱を開けていくつかの羊皮紙を取り出した。


 この世界の紙は羊皮紙か……。需要がある場合は和紙辺りを作って売る方法もあるな。


「何処にも登録されていない方はこちら、別の国の商人ギルドに登録されている場合はこちら、再登録やご家族などが登録されている場合はこちらになります」


 三枚の羊皮紙の書類が目の前に差し出された。パッと見た感じ、新規登録よりも別の国に登録してる場合や再登録の方が書く事が多そうだけど、ご家族って、もしかしてヴィルナが商人ギルドに登録していると勘違いされてる? いやまあ、そう思われてもおかしくない組み合わせだけどさ。


「新規登録の紙だけで十分ですよ」


「分かりました。ではその用紙に記入をお願いします」


 何故か字も読めるし俺は日本語で書いてるつもりなのに、書類に記入する文字が自動的にこの世界の文字に変換されてるのがそこはかとなく怖いんだけど……。う!!


「登録料金、三百シェル?」


 ちなみに新規登録の場合が三百シェルで、別の国に登録している場合は二百シェル、再登録などが百シェルだった。


 三百シェルがいくらかは知らないけど、日本円で三百円って事は無いだろうな。


「はい、銅貨でも受け取りを致しますが、出来れば大銅貨か銀貨でお支払い頂くようにお願いしています……」


 銅貨とか銀貨か……、できればも何も、当然俺の手元にこの世界の硬貨である現金はない!!


 さて、ここから何とかべっこう飴か傷薬を売る交渉をしないとな。


 先に冒険者ギルドで傷薬を買い取ってもらった方がよかったのかもしれないな。あっちだと需要は多そうだし。


「すいません。あの、登録に来たんですが、いろいろ事情がありまして今は現金を持ってないんですよ」


「えっと、現金をお持ちでない? そんな恰好をしてられてて……ですか?」


 女性職員が俺を頭から足まで視線を這わせて、すっごく不審そうな視線を送ってくる。


 そういえば俺の格好? ああ、今の俺の格好は紺色に染められた綿のシャツに濃いブラウンの綿パン……。当然継ぎ接ぎした後はおろか、あれだけ森の中を歩いてきたにもかかわらずほつれも殆どない。そして靴下は当然として足もスニーカーとはいえ見栄えのいい靴を履いている。


 他にも左手に銀色に輝く腕時計ははめてるし、革製のベルトもこの世界だと安物には見えないんだろう。背負ってたアリスパックにもいろいろ入っているし。確かにパッと見は金持ちに見えるのかもしれないな、そうなると他人から見たら俺が現金を持ってないようには見えないか……。


「現金以外でしたら何とか。実はいくつか商品を持ち合わせていまして、これをこちらで買い取りとりとかしていただけませんでしょうか?」


 まず俺が提示したのはさっきこいつに食わせたのと同じドライフルーツ入りのべっこう飴。


 六個入りの包みを二つと三個入りの包みを受付に並べ、三個入りの包みを開いて中身を見せた。


 さっきの屋台のラインナップに甘い物が見当たらなかったことから、少なくともこの町では砂糖系の調味料の入手が難しいとみたね。


 もしくは甘い物が壊滅的に人気のない場合だけど、流石にそれは考えにくいからな。


「こちらの商品は……? ガラス細工ですか?」


「食べ物ですよ。乾燥させた果物を刻んで砂糖を加工して作った飴で包んだものです。飴の中の果物は何種類あるんですが、どれが当たるかは運次第という事で。こちらの包みからおひとついかがですか?」


 確かにこの飴は前知識が無ければガラス細工に見えなくもない。ガラス細工のおもちゃとか極限状態だと間違えて食べかねないしな……。


 あの業務用ドライフルーツの中身は定番のマンゴーとパイナップルとパパイヤだが、比較的にパイナップルの比率が多い。というか今回買った袋の中身の半分はパイナップルだった。


 俺が試食したのもパイナップルの飴だったけど、もしここで売れなくても自分で食べるように作ってもいいかなと思ったくらいだ。


 飴を噛んで砕いて食べる人はドライフルーツに苦戦するかもしれないけど。


「……んっ!!」


 目の前の飴と俺の格好を何度も見比べて、意を決したかのようにそれを手にして口に運んだ。そんな、罰ゲームじゃあるまいし……。


 ああ、いきなり見ず知らずの人間に飴とか出されても手を出すのは確かに躊躇するよな。


 金持ちっぽい格好だったから少しは信用されているんだろうけど、多分状況次第だとここで追い返されてる可能性も十分にある訳か……。


 飴を口にした女性職員は、最初こそ口の中に広がる甘さやドライフルーツの味に戸惑っていたようだが、次第にその味を正確に味わえるようになってきたのか、時間をかけて中のドライフルーツまで残らず食べきったみたいだ。


「おいしいっ!! これ凄く甘い!! それにこの中に入ってる果物も美味しいし……」


「そうなのじゃ。あれほどの甘味、わらわも食べた事が無いのじゃ」


 手ごたえ十分!! この世界の甘味がどの位で入手できるのかはわからないけど、この反応だったら売り物にならないという最悪の事態はないだろ。


「それをこの包みのように六個セットで売ろうと思っています」


 これが売れなければ傷薬を出すしかないが、この反応を見るに杞憂で終わりそうだな。


「この飴を六個セット……。ただ、これを六個セットで購入できる人となりますと、大きな店とかを利用する割とお金を持ってる人しか……」


 どんだけ高いんだよ!! 飴とかも嗜好品になるから、割と値段がするのか?


 作成コストは砂糖代約二千二百円、水代百円、ドライフルーツ千五百円。この材料で四百三十六個できたから一個約九円、六個入りで五十四円だから包む布も含めて七十円以上で売れれば最低でも利益が出る。まあ、そんな価格だと薄利多売が過ぎてやっていけないから他の方法考えるけど。


 型は使いまわせるからコストに入れなくていいだろう。


「これを商人ギルドに卸して、どこかに販売していただくことはできますか?」


「うちにですか? う~ん、取り扱える量次第ですね……。扱う量がこれだけですと困りますが、多すぎても困りますので」


 飴だしあまり痛まないだろうけど、適正在庫があるだろうからな。捌けないと死蔵在庫になるし、あまり古くなるとやっぱり味は落ちるだろう。


 試供品にいくつか渡しても、ある程度高値で買い取って貰えれば……。少しサービスするか。


「この包み三つを試供品として提供しますので、三十包み程扱って貰えないでしょうか?」


「これを三十ですか?! しかも、この包みの商品も試供品で頂けると……」


 驚き方がすごいな。


 アレがいくらになるか知らないけど、今までの話からそこまで安くはないのは確実だ、最低でも商人ギルドに登録位はできるだろう。


「その代金の中から先ほどの三百シェルをお支払いしたいのですが」


「そういえばまだ登録前でしたね……。でも断ってこれを他の町に持ち込まれると……。これはきっと売れる。高く売れれば私にも特別報酬が……」


 なんだかブツブツと呟きながら俺の顔と飴に何度も視線を移して、何か考えているようだな。


 商人ギルドの職員だけあって、ここで断ると俺がこれをどこかほかに持ち込むって事は理解できるんだろう。


「上と相談してきますので、少々お待ちいただけますか?」


「え? ああ、よろしくお願いします」


 おいおい、頭を下げて奥の扉に消えていったよ。


 そりゃ少しは高いんだろうけど、上と相談するレベル? 大げさすぎない? たかが飴だよ?


 あ……、一応名前くらい聞いておくべきだった? 流石に商人ギルドって看板を掲げてる以上、サンプルの持ち逃げという事は無いだろうけど……。


 その前にアイテムボックスから包みを取り出して、アリスパックの中に入れておくか。


 ここでアイテムボックスがどんな存在かはわからないけど、まさか目の前でアイテムボックスを使う訳にはいかないし……。


 準備完了!! さて、ここでゆっくり待たせてもらうとするか。




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