【08:ドロレス泥を食む】


「で、先生?」


「はあ」


 で、厳島の口利きとはいえ教職に復帰し、そのことで労働に勤しんでいると、理事から呼び出された。もちろん理由は不穏当。


 俺がいったい何をしたよ。


「生徒と恋愛関係にあるとかないとか」


「ありますが?」


 これは今更だ。というか帝雅学園にも俺の悪名は知られている。


 曰く「女子児童に手を出した男」と。


「正気ですか?」


「まず自分がどう申告すれば正気と認めてもらえるんですかね」


 一応風紀的にマズいということで自重を申し付けられた。いや別に何もしてないんですが。あー。キスはしたか。学内で。


「くあ」


 で、朝のホームルームになるとザワザワと生徒が俺を見て噂している。


「あの先生が」「ガチで?」「ヤバくない?」


 一応生徒側の名前は出ていないらしく、俺が誰とも知れない女子生徒に手を出した、という風に解釈されていた。そこら辺のプライバシーに関しては正常に機能しているらしい。というか生徒に手を出したところで年齢的に自己責任だと思うんだがどうよ。


 なおかつ俺は真剣に厳島と結婚を考えている。向こうの気が変わった瞬間破滅するんだが。


「にははー」


 で、その厳島はこっちの精神的虐待についてむしろ歓迎している節があった。どうにも俺が他の生徒に良い目で見られるよりは安心するらしい。厳島以外の生徒に手を出すつもりはないんだが。


「先生。手伝いましょうか?」


 学内で稀少な人間の例として気さくに厳島は話しかけてくれた。それも噂に拍車をかける。厳島以外だとそんなに俺に話しかける勇気を持つ生徒はそういない。全くいないわけじゃないが。


「厳島さん。止めといたほうがいいよ」


「アイツロリコンだから」


「近づいただけで妊娠するって」


 どうにも噂に毒されている女子生徒の真摯な忠告に、あえて否定はせず……だが友好的に彼女は俺に話しかけた。


「先生大丈夫? 辛くない?」


「慣れてるからなー。こういう立場は」


 缶コーヒーを飲みつつ、俺は厳島と職員室で駄弁っていた。さすがに職員諸氏はこっちの噂を知ってはいてもイジメや悪質な嫌がらせなどしない。やっぱりそういうのって子どもの頃に卒業するのだろう。


「で、お弁当は美味しかった?」


「中々だったと言っておこう」


「えへー」


 それで喜べるお前が凄い。


「おい。ロリコン教師」


 で、授業が始まろうとし、厳島が去った後、俺が仕事のために場を移動しようとすると、そんな声を拾った。さて誰のことやら。とかく意識することもないのでそのまま立ち去ろうとすると、


「テメェだよクソ野郎!」


 今度は明確にこっちに罵倒をぶっかけてきた。


「はぁ。なんですか?」


 仕方なく応じる。見れば先にも見た男子生徒だ。合原と言ったか。あと取り巻きっぽい男子生徒が二人。


「生徒に手を出してるんだってな?」


「へえ。そう」


「その年で女子高生はヤバいだろ」


「そうかもな」


「警察に言ってやろうか?」


「どうぞ」


 応対するのも面倒くさい。


「好きにしてくれ。じゃ」


「誰が逃げていいって言った!」


「うるさい」


 自分でも驚くほど底冷えする声が出た。一瞬で場が凍り付く。


「……あー。何か?」


 さすがに大人げないと思い、フォローする。


「俺が女子生徒と付き合っているのが羨ましいのか?」


「ロリコンだと言ってるんだよ!」


「じゃあそう呼んでくれ。俺は特に気にしないから」


 ヒラリと手を振って俺は去る。


 そんなこんなで女子生徒の俺を見る目は一部を除いて軽蔑が混じっていた。男子の方は何と言ったものやら。ただそうじゃない生徒もおり、


「先生。噂は本当でありますか?」


 栗山と呼ばれる女子生徒は厳島と並んで俺に平等に接していた。


「好きに認識してくれ。お前がどう思おうと俺には関係ない」


 弁解も面倒なのであしらう。そうすると今度は厳島が近づいてくる。


「せーんせぃ。一緒に帰ろう?」


 こいつの神経は本当にどうなってんだ。


「少し遅くなるぞ」


「じゃあ待ってる。先生の良い時間に」


「えーと。先生。厳島さんとでありますか?」


「さてどうだか」


 別に言ってもいいんだが、栗山の口から面倒が出ても面白くないので明言はしない。別に厳島は俺への好意を隠していないし、どうせこうはなっていた。


「栗山。ロリコンに近づいたら危ないって。食われるよ?」


 で、そんな教師を教師とも思っていないのは今を生きる女子高生だ。俺の担当クラスにもそういう奴らは何人かいる。常に誰かを見下す理由を探しているような。


「というわけで自重を求めるんですけど」


 とは理事の御言葉。


「俺は何もしてないじゃあありゃーせんか」


 確かに厳島とは付き合っているが、風紀に則らないことをした覚えはない。


「教師としての自覚の問題です」


 そういうこと言う奴に限って理論に応じた展開をしないという。


「とは言われても」


 どうしろと。


「相手方に自重を求めたほうが早いのでは?」


 結局厳島がどう受け取るかの問題で。厳島にはちょっと……というかかなり心配されるのだった。こういう時は男って格好つけたいんだが。


「先生怒られた?」


「結構ガチで。付き合うって難しいな」


「何も悪い事してないよね?」


「法律的にはなー」


 真剣な交際であればセーフのはずなんだが、世の中は総じてロリコンに厳しい。俺ってそんなにアレだろうか。まずロリコンを辞めろという意見もあるにはあるが。


「辞めたかったら辞めていいからね?」


「ロリコンを?」


「教師を!」


 とはいっても厳島に養ってもらうのは心にくるものがあるんだが。

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