【07:酒飲ニングフィンガー】
「すいません。ビール」
「ネタはお任せで」
で、明日が休みということで、ちょっと遠出して俺と厳島は築地の寿司屋に来ていた。彼女のお気に入りらしい。こういう高級店って行ったことがないので何を頼めば良いのかもよくわかっていない。学校からタクシーでそのままだ。
運賃? 聞くな。
「大トロとか行きます?」
「ロマンがあるよな」
ビールを持ってきた店員にお礼を言ってグイと飲む。
「ビールって美味しいの?」
眉をひそめて厳島が聞いてきた。さすがに未成年に呑ませるわけにはいかないので、俺だけアルコール。
「うまいぞ。というかのど越しが良い。飲むという行為が味に依存していなくて快感というか」
「苦いじゃん」
「否定はしないが」
というかその苦みがいいんだが。ここで弁舌を尽くしても理解を得ることは難しいだろう。
「私もお酒飲みたい!」
「別に反抗したいのは構わんのだが俺のいないところでやってくれ」
「酔ったらエッチになるかもよ?」
「俺も酔うとタガが外れるかもな」
「!」
そこで天啓を受けたみたいな表情に厳島がなった。
「すいません。アルコール度数高めのお酒を」
「俺を酔い潰す気か」
「お世話はしてあげるから」
「はいはい」
なわけで市場から直行したネタで寿司を食べ、まぁこれが美味しくて。ついでにブランデーもいいところを揃えている。心地よい時間を過ごした。
食費? 聞くな。
「お前ホント金持ちなのな」
「寿司くらいで言われても。もっと破滅的な値段のやつあるよ?」
「胃が痛くなるから止めてくれ」
「先生はお金の心配しなくていいの。全部私が買い与えてあげるから」
俺を堕落させて何が楽しいんだか。
「もっと飲みたい?」
「そうだな。どうせ明日は休みだし。もうちょっと深酒を……」
「じゃあホテルのバーに行こう。いいところがあるの」
「何故そういう場所を知っている?」
一介の女子高生が知ろうと思える場所じゃない。いたずらっぽく彼女は笑った。
「先生と行きたかったから」
「寿司屋に行った後居酒屋に入るのも酷か」
というかそういう店に制服姿の厳島を入れるわけにはいかない。
「じゃあ先生。私はドレス借りるから。バーでね」
既に部屋もとったらしい。スマホってどこまで便利なんだ。たしかに明日は休みだからどこに泊まろうと自由だが、ここって一泊幾ら…………考えるのは自制しよう。
「シングルカスク」
とりあえずは酒を飲まないと始まらないので、俺はカウンター席についてウイスキーを頼んだ。もちろん混ぜ物のウイスキーも好きだが、どっちかってーと好みはこっちだ。そもそも飲み分けるだけの舌があるのかと問われれば怪しいが。
しばらく酒を飲んでいるとコツンと靴音が聞こえた。
「せーんせぃ」
ホテル側のご厚意でドレスを借りた厳島が立っていた。シンプルな構造ながら、肩が露出して胸元が溢れている。紫の鮮やかなドレスだった。
「どう?」
「馬子にも衣裳だな」
「可愛くなかったなら残念」
「お前はどんな格好でも可愛いぞ」
「そ、そう?」
「モテるだろ?」
「そりゃモテるけどぉ」
いじらしく肩を揺らして厳島は俺の隣に座る。ちょっと胸がこぼれそうだ。
「できれば先生にモテたいな」
「そうだな。ちょっと決定的な言葉を避けているのは認める」
「じゃーお酒飲もう」
お前は飲むなよ。ノンアルコールカクテルを注文して丁寧に飲んでいた。俺の方はと言えば監督責任があるので過剰には飲まない。成人したときは過剰に飲んで吐いていたが、この年になると楽しむために飲める酒量を弁えるようにセーフティを張る癖がついた。「大人になることは自分の酒量を弁えること」だとは誰の言葉だったか。
「だーかーらー。合原の奴、目がエロいんだよぉ」
「ああ。そ」
「先生はもうちょっとエロくてもいいと思うけどぉ」
「性欲はあるぞ」
「じゃあちょうどホテルだしグヘヘヘ……」
「気をしっかり持て」
で、見事に厳島は酔っぱらった。いや。酒は飲んでいないぞ。こういうバーの雰囲気に酔っていた。ちょっと暗くてジャズが流れ、空気に揮発したアルコールが。飲酒はしていないのでセーフ。
「せーんせぃ。私の身体は魅力ない?」
あからさまにドレスから零れそうな胸を押し付けてくる。
「やっぱり小学生が良い?」
「いや。良くはないが。小学生じゃなくて厳島が好きなんだよ」
「えへへぇ。じゃあ両想いだね」
「そう言ったろ」
次なる酒を飲んで口内を焼く。
「おーだ。こーだ。どっこいしょー」
で、そんな俺の横で嬉しそうに雰囲気酔いに泥酔する厳島はちょっと可愛かった。そして唐突にギュッと俺を抱きしめる。まだエロいことをし足りないのかと思うと、ちょっと違った。厳島は震えていた。おそらくは自責と悔恨の渦に。
「先生……ここに居る。私の隣にいる……」
「そりゃいるだろ」
「私のせいで……先生を不幸に……そのことを考えるだけで私……」
「安心しろ。今幸せだから」
「せん……せい……」
で、最後にキスをして彼女は寝こけた。その寝顔だけでも万金に値する。
「可愛い恋人ですね」
「困ったもんだよ本当に」
バーテンの苦笑に俺は酒の注文で答えて、ついでに自腹切った。後で厳島に請求しよう。
「は!」
彼女が目を覚ますと、既に朝だった。俺はちょうど朝のシャワーから上がっていて、タオルで髪を拭っていた。
「先生?」
「なんだ」
「昨夜私……」
「別に憶えてないならいいけどな。俺も気にしない」
「あー! せっかくの初夜が!」
してないから。正味な話。
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