第8話 つまり、大ピンチです
やばいやばいやばい、捕まっちゃったよ~~~!
あわてて逃げようとしたものの、腰に巻きついた糸がガッチリとわたしを捕らえて離さない。その上、蜘蛛がぐいぐいと糸を手繰り寄せ始める。
「ふんぬううう!」
わたしは引っ張られないよう、踏ん張った。これでもかってくらい踏ん張った。運動会の綱引きでもこんなに力を出したことは——ってあれ、このくだり、ついこの間もやらなかった?
なんてことを思っている間にもずるずる引っ張られる。
どうしよう~~~! これはどう見ても、蜘蛛のお口に直行コースだよ~~~!
その時、完全にパニックになっていたわたしの腕の中で、きつく抱きしめられて苦しかったらしいカラちゃんがもぞもぞと動いた。それから自分たちを引っ張る糸に気付いたのか、口をもごもごさせたかと思うと、ボッ! と火の玉を吐き出す。
「ピュイーッ!」
ジュッ! という音とともに糸が千切れ、わたしは突然開放された。ドスン、と尻餅をついたけれど、そんな些細なことは気にしない!
「ありがとう! カラちゃんのおかげで助かったよ!」
感動しながら殻の上から頭をわしゃわしゃ撫でると、カラちゃんは自慢げにフンスッと鼻を鳴らした。なんとなく褒められているのがわかるらしい。
「よし、今のうちに逃げ……って、あああ! 入口が封鎖されてる!」
蜘蛛は、なんとわたしたちが入ってきた入り口のところに、でっかい巣を何層にも張っていた。今度は何が何でも逃がさない、みたいな強い意志を感じて、わたしはひぇぇ……と悲鳴を漏らす。
そこに、ぐいぐいとカラちゃんが訴えかけるようにくちばしを押し付けてくる。
「あ、そっか! カラちゃんがいるなら、あの蜘蛛も倒せるかもしれないね!?」
なんていったって、カラちゃんはドラゴンだ。さっきのちっちゃい蜘蛛だって丸焦げにしていたし、大きさは変わっても蜘蛛はきっと火が苦手なはず! うん、いける気がしてきた!
「よーし! いけっ! カラちゃん! 火の玉だ!」
意気揚々と叫んで、わたしはビシッ! と蜘蛛に指を突き付けた。それに応えるように、カラちゃんも鳴く。
「ピキューッ!」
同時に、ボッ! と火の玉が蜘蛛めがけて吐き出された。
でも、さすがは大人(?)の蜘蛛。すばやい動きで飛び退り、ひょいっと避けてしまったのだ。それを見てムッとしたらしいカラちゃんが、ドンドコ火の玉を吐き出していく。
「ピキューイ!!」
ボッ、ボッ、ボッといくつも宙を走る火の玉。
「いいよいいよ! カラちゃんその調子! 火の玉上手っ! 火の玉上手っ!」
わたしは何にもできないので、とりあえず「あんよが上手」のノリで手拍子を叩きながら応援していた。
――些細なことだけれど、応援や褒めというのは、時に信じられないぐらい子どもの背中を押してくれる。それを、わたしは経験上知っていた。
お歌が上手だね、お話が上手だね、お片付けが上手だね。そんなさりげないひとことが、子どもたちの真っ白な心に染み込んで自信へと変わる。
『先生、ぼく上手にできたでしょ?』
そう言ってキラキラ目を輝かせる子どもたちの姿をずっと見てきた。
それに、わたし自身よく覚えているのだ。幼い頃、今は亡き父と母が褒めてくれた時の、あのうれしさ、あたたかさ、誇らしさを……。
「できるできる! カラちゃんならきっとできる! だってカラちゃんは、とっても強いドラゴンだから!」
誉めるのは、ただ気分をよくさせているわけじゃない。
子どもたちに贈る、『君の力を信じているよ』というわたしからのメッセージでもあるのだ。
そんなわたしの応援に気を良くしたのか、カラちゃんが追加でいくつか火の玉を飛ばした。……心なしか、さっきより玉のスピードが上がっていない? あと、火の色が、青色になってきた……?
でも、蜘蛛はそれもサッ、サッ、サッとすばやい動きで避けていく。
「むむむ……! やるな……!」
どうしよう。いくら火の玉で倒せると言っても、当たらなければ意味はない。このまま持久戦にもつれこんだ時に、カラちゃんがどれくらいがんばれるかもわからない。
何かわたしに、手伝えることはないのかな!?
考えていると、わたしたちより先に蜘蛛が反撃に出た。近くにあった石を糸で掴んで、こっちにぶん投げてきたのだ。
「わわっ!」
わたしとカラちゃんが、なんとか避ける。でも急に動いたはずみで、カラちゃんの殻がズレて、すぽっと顔を覆ってしまった。
「ピュイ!?」
前が見えなくなっておたおたするカラちゃんに、蜘蛛がすかさず巨大な岩を投げつける。
「あ、あぶないっ!!!」
考えるより先に、体が動いていた。
どんっとカラちゃんを突き飛ばした直後に、わたしの体に強い衝撃が走った。同時にミシミシッと音がする。
あ、まずい。これは肋骨、折れたかも……。
よろめきながら、わたしはずしゃっとその場に崩れ落ちた。石の直撃を受けた左半身が、尋常じゃなく痛い。
「ピュイーーーッ!!!」
そこへ、おめめを潤ませたカラちゃんがすっ飛んでくる。
「ピュイッ! ピュイッ!」
「だ、大丈夫だよ……! それより蜘蛛に気をつけて……!」
わたしがカラちゃんに注意しているまさにその時だった。ビュッと音がして、蜘蛛の糸がカラちゃんに絡みつく。
「カラちゃん! 早く糸を焼いて逃げて!」
このままだとカラちゃんが先に食べられちゃう!
焦るわたしをよそに、カラちゃんが小刻みに体を震わせた。
それから――。
「ピギェェエエ!!!」
洞窟全体をビリビリと揺るがす、すさまじい声でギャン泣きし出したのだ。
「うわぁぁ!?」
咄嗟にわたしは耳を塞いだ。鼓膜が破けるかと思うぐらい、すごいボリュームでカラちゃんが泣き続ける。
「ピギィィイ!!!」
大きなおめめからボロボロと涙をこぼしながら、まっすぐわたしを見つめるカラちゃん。どうやら、わたしのことを心配して泣いてくれているらしい。優しい子……!
って感動している場合じゃない! それより蜘蛛は……あれ? カラちゃんを縛っているはずの糸が、緩んでいる?
驚いて糸の先を見ると……なんと蜘蛛がシビビビと震えながら、頭を押さえていた。まるで、かなしばりにあっているみたいだ。
カラちゃんのギャン泣き……もしかしてすっごい効果ある!?
「カラちゃん! 今がチャンスだよ! 火の玉、当てられるよ!」
「ピギェェエエエ!!!」
そう言ってみたものの、カラちゃんは泣きすぎてもはやパニックを起こしている。こちらの言葉は、全然通じそうにない。……うん、赤ちゃんだもの、しょうがないよね。
でも、このチャンスを逃すわけにはいかない! わたしは気合を入れて励ました。
「カラちゃんがんばって! カラちゃんなら泣いていても、火の玉を飛ばせると思うの! できるできる! ほら、泣いたはずみでケホっと! わたしもトントンするから、一緒にやってみよっか!?」
早口で迫るわたしの迫力に負けたのか、それとも泣きすぎてむせたのか、カラちゃんはケホッ、ゲホッとせき込み始めた。
「いいよいいよ、その調子! あとひといき!」
わたしはカラちゃんを抱っこすると、大砲を向けるように、巨大蜘蛛の方にカラちゃんを向ける。ちょうどそのタイミングで、カラちゃんが大きくせき込んだ。
「ケホーーーッ!!!」
ボォッ! とひときわ大きく――なんかさっきよりひと回り大きくなっていない? ――青く輝く炎の球が、豪速球で蜘蛛めがけて飛んで行った。
ボォオオン!!!
と爆発音がして、見事命中。蜘蛛は勢いよく壁に叩きつけられる。
——そして。
ボトッという音とともに、黒焦げになった蜘蛛が地面に転がった。
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