第7話 よろしく、ベビードラゴンです

 一難去ってまた一難だよ!


「ににに、逃げなくっちゃ……! とぁっ、とっと!」


 動揺して、うっかり取り落っことしそうになってしまう。すんでのところでなんとか胸に抱えたけど、揺らしたせいだろうか。ベビードラゴンがせき込み始めた。


「ケホッ……! ケホッ、ケ、ケ、ケ……ケホーーーッ!!!」


 最後の激しいせき込みと同時に、ボォォオッと炎がわたしの顔面めがけて吐き出される。


 目の前が、真っ白になった。さらに、ジュッという、何かが焼ける音。


 ……し、死んだ……。今のでわたし、完全に死んだ……!


 わたしは、まだケッケッとせき込んでいるベビードラゴンを抱きながら、ぶるぶると震えていた。


 今、炎が直撃したよ……!? 強すぎる衝撃って、もしかして痛みを感じないのかな!? でもあんな激しい炎が直撃したら、わたしの顔も髪も全滅だよね!?


 ゆっくりゆっくりとベビードラゴンをおろしてから、震える手で顔に触ってみる。


 ど、どうしよう。これで触った手に、ずるっ……みたいな感じでただれた皮膚がくっついてきたら! 昔マンガにそういう描写があって、ずっとトラウマになってるのに!


 けれど、ぺた……と触れた顔は、いつもどおりなめらかなまま。確認するようにぺたぺたと触っても、痛みも感じないし、ただれた感じもしない。髪もチリッチリになっているのかと思ったけれど、いつもどおりゆるやかなくせ毛のままだ。


「だいじょうぶ、みたい……?」


 わたしはほーっと息をついた。


 よかったぁ、炎を浴びたけど、なんともないみたい。


「赤ちゃんだったからなのかなあ?」


 目の前のベビードラゴンは、なんて言ったって生まれたて。もしかしたら、炎の威力もまだまだこれからなのかも?


 勝手にそう結論づけて胸をなでおろしていると、カサカサカサ、と音がした。その音にビクッと震える。


「わぁっ! 蜘蛛! ……ちっちゃいけど」


 音の正体は、わたしを追いかけてきた蜘蛛よりずっとずっと小さい蜘蛛だった。といいつつ人間の拳ぐらいの大きさはあるんだけれど。


 この前のトラウマからわたしが思わずあとずさりすると、気づいたベビードラゴンが蜘蛛を見た。それから。


「ケ、ケホーーーッ!」


 せき込むと同時にボッという音がして、今度はボールみたいな火の玉が放たれた。


 でもパッと見は強そうだけれど、赤ちゃんだから威力はないみたいなんだよね。だってわたしは何も焼けなかったもの。


 そう思っていたわたしの前で、火の玉を浴びた蜘蛛がボォッ! と燃え上がってコロリと転がる。


「……ん!? なんか、炭になっていない!?」


 もともと黒っぽい蜘蛛だったけれど、それとは明らかに違う黒焦げの状態に、わたしは目を丸くした。


 駆け寄って、まじまじと見つめると――どう見ても、お亡くなりになっている。


「えっ!? うそ、ちゃんと威力あるの!? じゃあなんで、わたしは無事なの!?」


 あわてて、もう一回全身をぺたぺた触ってみる。それでもやっぱり無事だった。


「無事っていうか、よく見たら服も乾いてない……?」


 さっきまであんなにじとじとしていた服も、乾燥機にかけました! と言わんばかりのホカホカっぷり。……もしかして、火炎放射を受けたから?


 一体どうなってるの……?


 わたしが呆然としていると、よたよたした足取りでベビードラゴンが近づいて来ようとする。それから地面にあったでっぱりにつまずいて、コケッと転んだ。


「わわわ!」


 わたしはあわてて手を差し伸べた。

 火炎はおっかないけれど、見た目は本当に弱々しい赤ちゃんなんだよね……!


「よいしょっ!」


 そのまま幼児を抱っこするみたいに抱き上げてやると、ベビードラゴンは気持ちよさそうに目をすぼめた。その可愛さに、思わず胸がきゅうぅんとときめく。


「うわわ……! か、かわいい……! ドラゴンなのに、この可愛さは反則だよぉ……!」


 可愛さに悶えるわたしにとどめを刺すように、ベビードラゴンが今度はくちばしをすりすりとこすりつけてくる。その仕草は、完全にお母さんに甘える赤ちゃんそのもの。


 もしかしてわたし、お母さんだと思われてるのかな? 鳥とかは、最初に見たものを親だと思い込むって言うもんね?


「ううっ! だったらこの子、連れて行っちゃおうかなぁ……!?」


 この洞窟、誰もいないみたいだし、こんなところにひとりぼっちにしていくのもかわいそうだよね? 害は、今のところわたしにはないみたいだし、懐かれているし……。


 わたしは散々悩んでから、決意したように顔を上げた。


 ……よし、孵化した責任として連れて行こう! だってひとりは寂しいもんね?


「これから一緒に行くなら……やっぱり名前をつけないとだよね」


 ずっとベビードラゴンって呼ぶのも言いづらいし、他人行儀だ。


「うーん、どんな名前がいいかなあ……。ドラゴンだからドラちゃん……は安直すぎるし、うーん……」


 わたしはまじまじと腕の中のベビードラゴンを見つめた。きゅるんとした目が、期待するようにわたしを見上げている。ずる、と頭の上の殻が少し滑った。


「あ、そうだ。これなんてどう? タマゴの殻をかぶっているから、カラちゃん!」

「ピュイ!」


 わたしの提案に、ベビードラゴンが嬉しそうに鳴く。どうやら気に入ってくれたらしい。


「じゃあ、君は今日からカラちゃんね。よろしくカラちゃん。わたしはメグ先生だよ」

「キュイ!」


 あ。しまった。つい子どもたちに接する時のくせで、自分のこと“先生”って言っちゃった……。


 訂正すべきかどうか悩んでいたその時だった。


 また、カサカサッと音がしたのだ。


 さっきもいた蜘蛛かな、と思って振り向いたわたしは、そこでヒュッと息を呑んだ。


 ——わたしが入って来た方向の通路には、見覚えのある巨大な蜘蛛がいた。

 

 車ほどの大きさに、赤いたくさんの目。


「あの蜘蛛だあああ!!!」


 迂闊うかつにもわたしが叫んだ次の瞬間、ビュッ! と白くてぶっとい糸が飛んできた。その糸はわたしの腰に命中し、瞬く間にしゅるしゅると巻きつかれる。わたしはサーッと青ざめた。




 ——拝啓、りさちゃん。


 お元気にしていますか? お姉さんはそろそろ食べられそうです。

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