第5話 おいでませ、洞窟
大きくぽっかりと開いた洞窟の入り口は、まるでわたしを呼んでいるよう。ちょっと覗き込んでみた感じ、中は結構広くて、おまけに奥にもまだ空間があるみたいだった。
な、中に怖いのがいたら、すぐ逃げようかな……。
雨の中走り回ったせいで、もう全身びちょびちょだ。
この際雨宿りができて、蜘蛛から隠れられるのならなんでもいい!
思い切って入ってみた洞窟の中はやっぱりがらんとしていて、不思議なぐらい静か。入り口すぐだと風がびゅーびゅー入ってきて寒く、それに外から丸見えだったから、わたしは思い切ってもう少し奥に進むことにした。壁のあちこち埋まっている黄色い石がほのかに発光して、ちょうどランプみたいになっていたの。
ぴちょん、ぴちょんと時折どこかで水滴の音が聞こえる以外、洞窟は何の音もしない。生き物の気配がないって、こういうことなのかな? わたしにはその方が助かるけど……と思いながらそろそろと進んでいくと、ふいに広い空間に出た。
広いって言っても保育園の教室ぐらいの大きさなんだけど、やけにここだけ明るいなあ……と思って見渡したら、部屋の隅でとあるものを発見する。
それは――巨大な白いタマゴ。
世界で一番大きなタマゴはダチョウのタマゴって聞くけれど、それよりずっとずっと目の前のタマゴの方が大きかった。例えるなら……うん、ちょっと小さめのバランスボールって感じ。大人が抱きかかえるのにちょうどいいサイズの。
しかも、不思議なことにタマゴは発光していた。そのせいで、この部屋だけすごく明るいみたい。
「どうしよう……。タマゴがあるってことは、親もいるってことだよね……!? に、逃げた方がいいよね……?」
そう思いつつも、わたしは動けずにいた。
だってさっきまで全力疾走してクタクタだったし、外は雨だし、あの蜘蛛もまだいるかもしれない。それに……この部屋は妙に居心地がよかったの。静かで、明るくて、暑すぎず寒すぎず、ちょうどいい温度。
そんな言い訳を思い浮かべながら、とりあえずタマゴに近づいてみる。それから興味本位でぴとっと触れてみて、わたしは叫んだ。
「あったか~~~い!」
雨で凍えた体に、タマゴはちょうどいいあったかさだったの!
わたしは警戒心も忘れて、タマゴにぴとっと抱き付いた。途端に、まるで湯たんぽを抱きしめているような、ほわぁ~っとした心地よさに満たされる。
うわあ、これ本当に気持ちいい……! それにこれ、濡れた服の上からじゃなくて、素肌で直接触れたらもっと気持ちよさそう……。
そんな考えが浮かんできて、わたしはごくりと唾を呑んだ。
あたりをもう一度、きょろきょろと見渡す。改めて誰もいないのを確認すると、わたしは濡れた服を脱ぎ始めた。
びっちょびちょのスニーカーに、びっちょびちょの靴下。濡れた保育士エプロンもズボンもTシャツも脱いで、さすがに下着のみってわけにはいかなかったから、インナーのタンクトップとパンツという、外で見かけたらまちがいなく痴女認定される格好になる。
だ、大丈夫だよね? だってわたし以外、誰もいないし!
それから、地面ににょきにょき生えていた、つららをさかさまにしたみたいな土の突起物に濡れた服をひっかけていく。
本当は火とか起こして乾かせたらいいんだけど、残念ながらもやしっ子現代人であるわたしにそんな能力は備わっていない。どうにか自然乾燥してくれればいいなと願いながら、身軽になったわたしは、改めてタマゴにがばっと抱き付いた。
「ふわぁ~……!」
ほっぺをタマゴにくっつけたまま、あまりの心地よさに思わず声が漏れてしまう。
タマゴの表面はざらざらで硬いけど、大きいせいかちょっとやそっと力を込めても全然割れる気配がない。しかも、サイズがちょうどよかったの! 抱き枕ならぬ、ほかほかする抱きタマゴ。
ううっ、わかってる。親がどこにいるかわかんないし、このタマゴだって何が生まれてくるかわからないから、こんなことしてる場合じゃないって。……でも、すっごく気持ちいいんだよ~~~!
だから、ちょっとだけ……本当にちょっとだけあったまったら、安全な場所を探しにいくから……。
「あぁ~気持ちいい……。抱き湯たんぽって、こんな感じなのかなあ。疲れた体にあったかいのが染み渡る……」
本当、巻き込まれたと思ったら森に捨てられるし、おっかない蜘蛛は追いかけてくるし、この怖い世界でわたしに優しくしてくれるのはこのタマゴだけだ。
「ありがとう、タマゴちゃん。君はわたしの救世主だね……。どうか、優しい君が無事に生まれてきますように……。あ、でも生まれるのはわたしがいなくなってからでお願いします……」
ひとりでぶつぶつ呟きながら、わたしは自分でも気づかないうちにうとうとしはじめていた。そのせいで、寄りかかっていたタマゴがさっきよりも強く、あたたかく光っていることには気づかなかった。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ……。
だんだん、まぶたが重たくなってくる。少しずつ意識が遠のいていくのを感じながら、わたしは起きたら全部夢だったらいいのになあ……と思った。
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