第4話 ようこそ、モザンドーラ魔森林へ

 ――拝啓、りさちゃん。


 りさちゃんは今頃どうしていますか? あの王様は横暴だったけれど、せめてりさちゃんは大事にされていますか? わたしは今、ぽつぽつと振り出した雨を避けるために、近くに見える大きな木に向かって走っています。


「降りてすぐに雨なんてついてないなあ……! でも、あの木なら、雨宿りできそう!」


 王様には魔森林の担当とかわけわからないことを言われたけれど、もちろんそんなのを聞く気はない。とりあえず馬車が通った道をたどって、森を出ないと……! そう思っていた矢先の雨だった。


 辺りを見渡すと、そんなに離れていないところに立派な大樹が見える。あの木なら雨宿りできそうと思ったわたしの直観は正しかったみたいで、木の下に駆け込むとすぐに雨に濡れなくなった。


 ふう。ひとまずここで雨宿りかな……。


 わたしが腕についた雨をぱっぱと払っている時だった。後ろから、がさりと音がする。


 わあっ! もしかして野生動物!? ありえる、だってここ森だもの!


 そう思ってあわてて振り向いたわたしの先にいたのは。


 ――車ほどの大きさもある、巨大な蜘蛛だった。


 ヒュッ、と喉から変な音が出る。


 や……やばいやばいやばい!!! なにこの大きさ!? ただでさえ虫は嫌いなのに、この大きさは論外だよ!? これ、パニック映画に出てくるやつだよね!? 人間のこと糸でぐるぐる巻きにして、食べちゃうやつだよね!?


 だらだらと、すごい量の汗が顔を流れていく。それでいながらぴくりとも動けなかった。だって動いた瞬間、死ぬ気がしたの。


 幸い、蜘蛛はわたしには気づいていないようだった。たくさんの赤い目がついているけれど、実はあんまりよく見えていないのかな……!?


 硬直したわたしの目の前を、巨大蜘蛛がゆっくりと横切っていく。それを目で追いながら、わたしは決心した。


 ……よし、今のうちに逃げよう! 確か熊みたいな野生動物には、背中を向けてダッシュしちゃだめなんだよね? この蜘蛛もまだ気付いていないみたいだし、ゆっくり逃げるぞ……!


 わたしはそろりそろりと、巨大蜘蛛を見ながら後ずさりし始める。


 ……その時だった。パキッ、と音がして、足の下で小枝が折れたのは。


 しまった! そう思って身をよじった次の瞬間、足のあった場所にビュッ! とぶっとい糸が飛んでいく。


「うひゃあああ!!!」


 わたしは叫んだ。――恐怖の限界だった。


 怖い怖い怖い! だってあのぶっとい糸、あきらかにわたしを狙っていたよね!? 


 涙目になったわたしは、一目散に逃げだした。もう背中を向けちゃいけないとか、そんなことを考えている余裕ゼロ! とにかく怖い!!!


 そんなわたしの後ろから、またビュッと音がして、今度はお腹の横を糸がかすめていく。


「死にたくないぃいいい!!!」


 そこからはもう、必死だった。

 雨なんて気にしている場合じゃない。わたしは糸に当たらないよう、木の間を縫いながら死に物狂いで走る。

 一度気になって後ろを振り返ってみたら、巨大な蜘蛛がカサカサカサとわたしを追いかけてきていて、見たのをものすごく後悔した。


 怖いいぃいい!!! 止まったら食べられるううう!!!


 普段から子どもたちと走り回っているから、体力と足の速さには自信があるけれど、これはそういう次元じゃない。肺と足の悲鳴を無視して、わたしはとにかく走った。走って走って、走りまくった。


 蜘蛛の餌になんて、絶対になりたくない! 


 そのままどこをどう走ったか、全然覚えていない。


 気づけばわたしは、ぜぇぜぇと息をしながら、切り立った崖にできた洞窟の前に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る