第2話 なんと、異世界召喚です

 ヒュー、ドスン! と音を立てて、わたしは真っ暗な空間に落ちた。


「いたたた……! なにが起きたの……?」


 お尻をさすりながら見回してみても、やっぱり辺りは真っ暗だ。

 ただ、一緒に落ちて来たらしい女子高生の姿だけが、光もないのにはっきりと見える。肩まで伸びた黒髪がきれいな、清楚な雰囲気のかわいい子だった。


「君、大丈夫?」


 声をかけると、彼女は泣きそうな顔でこちらを見る。


「あの……ここは……?」

「それはむしろ、わたしが聞きたいんだよね……! 君、なんであれに捕まっていたの?」


 そう尋ねると、女子高生は泣きそうな顔でうつむいてしまった。


「……全然わからないんです。塾の帰りに歩いていたら、突然足元に出てきて……」


 塾! そっか、今は夏期講習の時期だもんね。でも女子高生の親御さん、この時間にこんなかわいい子をひとりで歩かせていたら危ないよ! 実際、こうして変な魔法陣に捕まっているわけだし……いやこの場合、ひとりじゃなくても危ないのかな……?


 なんて考えていたら、こらえきれなくなったらしい女子高生がポロポロと泣き出した。


「どうしよう……。怖い、家に帰りたい……」


 そ、そうだよね。普通、こんなところに突然連れてこられたら怖いよね!?


「だ……大丈夫だよ! もしかしたらなんか、新手の最新型マンホールとか、そういう可能性も……ゼロってわけじゃないし!」


 自分で言っておいてなんだけど、そんなわけはないよね……。当然こんな言葉で慰められるわけもなく、彼女の涙は止まらない。


「えっと……とりあえず、名前はなんていうの? こんな時だけど、自己紹介しておこうよ。この先一緒に行動するかもしれないし!」


 半ば無理矢理話題を振ると、彼女は答えた。


「ぐすっ……私は、中村りさです」

「りさちゃん! よろしくね! 私は、ほさかめぐ——」


 途中まで言いかけたその時だった。


 突然、真っ暗だった空間にまばゆい光が差し込んできたのだ。

 驚いて光の方を見ると、まるで暗闇の中で誰かがドアを開けたみたいに、ぽっかりとドアの形をした光が浮かび上がっている。


「わぁっ! なに!?」

「まぶしい……!」


 その正体を確かめる間もなく、光がぱぁっと輝きを増した。押し寄せる光の洪水に、わたしたちが顔を覆う。


 ――そうしていると、どこからかおじさんの声が聞こえた。


「おお! 聖女の召喚に成功したか! でかした!」


 セイジョ? ショウカン?

 その単語に、おそるおそる目を開ける。


 驚いたことに、真っ暗だった空間は見たこともない海外のお城っぽい部屋に変わっていた。

 陽の光が差し込む中、石造りの壁には大きな幕がいくつも垂れ下がっていて、蝋燭の乗った燭台があちこちに取り付けられている。


 その中で、わたしとりさちゃんは魔法陣の上にいた。そして声の先には……なにこの人たち、もしかしてコスプレ大会中?


 目の前に立っていたのは、絵本にでも出てきそうな、ザ・王様っていう風貌のおじさんだった。宝石がゴテゴテついた王冠に、ふさふさのひげ。ヘンテコな服に、でっぷりと膨らんだお腹。その隣には、これまたザ・魔法使いみたいなローブを着た男の人や、騎士っぽい格好をした人がたくさん立っている。


 わたしがびっくりしていると、彼らはあっという間にりさちゃんを取り囲んだ。


「ようこそ来てくれた聖女殿! で、どうなんだ能力の方は!?」

「今確認します。——スキル“鑑定”!」


 魔法使いが叫ぶと、フォンと音がして、なにやら四角い枠が浮かび上がる。


 あっ知ってるこれ~! 友達がやっていたゲームで見たことある! HPとかMPとか、そういうステータスが載っているものだよね?


「おお! どれどれ、早速……!」


 おじさんたちと一緒に、私も横からそろ~っと覗いてみる。そこに書かれているのは見たこともないヘンテコな文字だったけれど、なぜか意味はわかった。


「ほう、ほう……! 『状態異常回復』に、『上級回復魔法』、『範囲回復魔法』に……『女神の祝福』に、『女神の慈愛』、それに『聖女の癒し』まであるぞ! これはすごい逸材だ!」


 王様たちが興奮したように声を上げる。よくわからないけれど、りさちゃんの能力はすごいらしい。だって、読み上げた部分以外にもずらずら~って下にいっぱい書いてあるもんね。


 でも、そんなことより! わたしたち、家に帰りたいのですが!


 そう言おうと、口を開きかけた時だった。王様の顔が、ぐりんとわたしに向けられる。


「……して、こっちの女はなんだ?」


 その瞳は冷たく、りさちゃんを見ていたときの態度とは全然違う。魔法使いの人が困ったように進み出た。


「それが……巻き込まれた、一般人のようでして」


 それを聞いた王様の視線がますます険しくなっていく。


 そうか、わたしは巻き込まれたんだね!?


「……で、能力は?」

「はい、お待ちください。……“鑑定”!」


 魔法使いがそう叫ぶと、りさちゃんの時と同じように、フォンと音がしてわたしのステータスウィンドウが出てきた。


 ……でも、りさちゃんのと違って、スキル欄に書いてあるのはふたつだけ。


「なになに……『女神の加護』? ふん、こっちも一応聖女らしいな。で、残るひとつは……」


 王様と魔法使いたちが顔を寄せ合い、わたしのスキルを見つめる。


「はあ!? スキル『褒めて伸ばす』!? なんだこの意味わからんものは! ゴミじゃないか! ゴミ!」

「そ、それはわたしの保育方針です~~~!」


 とっさに反論したけれど、王様はいよいよゴミを見るような目でわたしを見ただけ。


「陛下、どうしましょう」

「こんなゴミスキル、聖女だったとしてもいらんいらん。役に立たなさそうだし、年増の方はモザンドーラ魔森林にでも捨てておけ」


 とっ年増~~~!?


 その言葉にわたしは憤慨ふんがいした。


 今! この人は全女性を敵に回しました! そりゃあ女子高生のお肌には勝てないかもしれないけれど、二十三歳は全然若いと思いまーす!


 ……ってまって。それよりさっき、わたしのこと「捨てろ」って言わなかった? それも、魔森林とかいうおっかない単語がついてるところに……。


「あの! 捨てるってどういうことですか! そもそもわたしたち、家に帰りたいのですが!」


 けれどわたしの必死の訴えにも、王様はわずらわしそうに舌打ちしただけ。


「あーはいはい、じゃあお前には魔森林の警備を命ずる。……ほら、さっさと連れていけ」


 まるで野良犬でも追い払うように、しっしと手を振る。途端、部屋に控えていた騎士たちがわたしの腕を掴んだ。どうやら強制的に連れて行く気みたい。両腕を掴まれてずるずると引きずられながらわたしは叫んだ。


「や、やめて~~~! 家に帰して~~~!」

「お姉さん!」

「りさちゃ~~~ん!」


 りさちゃんがすぐさまわたしを追いかけようとしたものの、騎士にがっしりと行く手を阻まれて叶わない。


 わたしに向かって手を伸ばすりさちゃんは、まるで囚われのお姫様みたいだった。わたしは引き裂かれる物語のヒーロー……って言いたいところだけど、実際は多分、序盤に強制退場するモブ。


 そうしてわたしたちは、離れ離れとなった。

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