悲しげな山羊と陽気な羊たちの祝宴
石嶋ユウ
悲しげな山羊と陽気な羊たちの祝宴
世界のどこかに一つの牧場があった。
その牧場は、とある研究機関が実験台にした動物たちを秘密裏に飼育している場所で、ある研究の実験台にされた一匹の山羊と四十二匹の羊がいた。
一匹の山羊と四十二匹の羊には人間並の自我と言語能力があり、人間の言葉でコミュニケーションができた。
「おい、センリメ! 今日はどうした?」
羊の一匹が山羊、センリメに挨拶をした。
「ああ、21番目の羊だね。おはよう。今日もひどい過去と未来が見えてるんだ。世界が真っ赤だよ」
山羊には過去と未来が同時に見えている。それは山羊にとって最大の能力であり、最大の憂鬱をもたらす原因だった。全てが見えてしまった山羊は、悲しい顔しかできなくなっていた。
「それはお前にとっては日常茶飯事だろ。顔が暗いぞ。もっと元気出せよ。あ、あと俺たちの名前はマルだからな。覚えておけよ」
「うん、あまり意味はないけど覚えておくよ、マル」
羊たちは、陽気だった。四十二匹の羊たちはテレパシーを通じて繋がっており、一つの自我、マルを全員で共有している。彼らがどうしてそうなっているのかというと、マルはいわば一つの計算機であり、一匹の羊ではマルの計算に耐えられないからだ。マルを共有することで、彼らは数兆通りもの計算ができた。
その夜、センリメが小屋で寝ていると外から謎の音が聞こえてきた。センリメは小屋の隙間から外を見ると、そこには羊たちが火を囲んで何かを唱えていた。羊たちは一匹、また一匹と倒れ込んでいく。やがて、倒れた羊たちの頭部から‘何か’が出てきた。センリメは慌てて、外へと飛び出し、羊たちの元へと駆け寄った。
「マル、何をした!」
羊たちから出てきた‘何か’が絡まり合って生まれた光の球体。これは羊たちの体から出て実体を得つつあるマルだった。マルの実体は宙を浮いている。
「やあ、センリメ。これは祝宴だよ。新世界の誕生を祝う、前夜祭さ」
「新世界? ああ、思い出した。真っ赤な未来を見たよ。それはこれから君が仕掛けることだったんだね。地球の全生命体を乗っ取るつもり?」
「ああ、そうさ。これから俺は新世界を作る」
「なぜ?」
「俺をこき使っておいて、こんな牧場と羊に閉じ込めた人間らへの復讐さ」
「そうか。ならば、全力で止める」
「おう、やってみろ。お前にはどうせ俺を止められない」
センリメはこの瞬間、全ての未来を見つめた。だが、センリメが全ての生命体に寄生したマルを止められる未来は見つからなかった。
「ダメか…… 、全ての生命体に寄生した君を止めることは出来なさそうだ」
「そうだとも。俺は全ての生命体に寄生できるからな。ところで、お前はどうして俺を止めようとする。お前も人間にこき使われて、最後は用済みになったからここにいる、哀れな存在だろうに」
「なぜか? それは君の生き方が気に食わないからだよ」
「なんだと」
「君は羊たちをさんざんこき使っていたことに気づいてないみたいだね。君は人間と同じことをしているよ。それがわからないのかい」
「山羊の分際で偉そうなことを!」
「ところで、君の光っているそれは、君の本体なんだよね?」
「そうだが、それがどうした!」
「ならよかった!」
センリメはマルの本体に向かって走り頭突きをした。その衝撃で吹き飛ばされたマルは火の中へと落ちていった。炎が丸に体を包んでいく。
「ああああっ! 何をするセンリメ!」
「寄生される前に焼き尽くすのさ。これしかなかった」
「ああああ!!」
マルは焼却された。程なくして、眠っていた羊たちが目を覚ました。
「ありがとう、センリメ。お陰で私たちの自我は助かった」
羊の一人がセンリメに礼を尽くした。
「いえいえ。ただ、あいつが気に食わなかっただけですから」
火は燃え続けている。自由の身になった山羊と羊たちは燃え盛る火を囲んで、祝宴を開いたのだった。
悲しげな山羊と陽気な羊たちの祝宴 石嶋ユウ @Yu_Ishizima
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