第5話 ひと時の休息

「ただいまー・・・・・・」

「お帰り、今日も遅かったね」

自宅に帰ると成美が出迎えてくれた。

「あのブラック企業め・・・・・・! いい加減休みよこせよ・・・・・・!」

私は制服を脱ぎ、ハンドガンの手入れをする。

疲れている理由は、いつも通りのブラック労働のせいだ。

今すぐ労働組合に言いつけてやりたいけど、我々の場合は非公認組織だから訴えた瞬間こっちが被害にあう。

「冬、そろそろ本気で休んだほうが良いぞ? 目の隈も酷いし」

「私、組織の最重要戦力だから・・・・・・。休みたくても休みが取れないんだよ・・・・・・!」

疲弊した体に鞭を打ち、無理やり体を動かす。

「ほら、まだ元気だし。体は動かせは絶対に動くんだよ」

「お前何言ってんだ? 遂に頭おかしくなったか?」

「大丈夫大丈夫。さて、晩御飯を作ろうか。何食べたい?」

「いや・・・・・・、もう惣菜で良いよ。お前少しは休め」

成美は上着を羽織り、かばんを持つ。

「ちょっと待って、成美。刀は持ち運ぶなよ?」

「・・・・・・分かりました」

街中で平然と刀を持ち運んだら即刻逮捕される。

「じゃあ頼みますわ。カキフライ買ってきて」

「分かったよ。本当に昔からカキフライ好きだよな」

成美が家を出たのを確認し、私は残りの気力を振り絞り家事をする。

たまりに溜まった洗濯物も早く洗わないとまずいし、冷蔵庫にある食材も確認しないといけない。

こんなのはほんの一部だが、これだけでも全国のお母さん方が大変なのが身に染みて分かる。


プルルル


スマホの着信音が鳴る。スマホ画面を確認すると、そこには『ETARNAL』と映し出されていた。

「指令か・・・・・・」

今すぐスマホをハンドガンで打ち抜きたい気持ちを押し殺し、電話に出る。

なるべく、いや、全力で殺意を押し殺しながらね。

「はい。フユです」

『フユか。学校帰りだろうがすまない。少しよろしいかな?』

「はい! 大丈夫ですよ!」

『フユ・・・・・・。何か過剰に元気だな。疲れているのか?』

「そんなこと無いですって! さ、ご用件をどうぞ!」

『いや、今回は仕事の依頼ではないぞ』

「ほぇ?」

『お前にも休暇を用意してやろうと思ってな。最近ずっと働かせてたから、少しは休んでくれ』

「・・・・・・エイプリルフールならとっくに終わってますよ?」

『本当だぞ。1週間休みをやるから、ゆっくり休むといい』

「で、でも、その間護衛対象の警護は・・・・・・」

『他の部下に任せる」』

私は右のほっぺたをつねってみる。

痛みを感じる。どうやら現実のようだ。

私は喜びのあまり、膝から崩れ落ちる。

「総統・・・・・・! ありがとうございます・・・・・・!」

『そんなに嬉しいのか』

そりゃそうでしょ。

少なくとも今年始まってから一度も休み取れてないんだもの。

『それじゃあゆっくり休め。ではこれで』

総統との通話が終了し、私は飛び上がる。

「よっしゃ~! 遂に休みだ~!」

「・・・・・・馬鹿にご機嫌だな。何かあったのか?」

「居たの!?」

いつの間に帰宅していた成美。

その顔にはドン引きの表情がくっきりと浮かび上がっていた。

そんな目で見ないで。

「実はかくかくしかじかで・・・・・・」

「うん、さっぱり分からん」

私はこれまでの経緯を話す。


「やったな。これで疲れも癒せるじゃないか」

「うん。学校も休みになったということで、明日からは射撃訓練場に行ってきます!」

私はハンドガンの手入れをしながら返事をする。

「いやいやちょっと待て。それ普段と変わらないでしょうが。何で休日なのに訓練して来るんだよ」

・・・・・・気付かなかった。

慣れすぎて気付かなかったけど、私、仕事が頭から離れきっていない!

「よし、明日から一週間、武器の所持を禁止します」

成美は私の手からハンドガンを取り上げた。

「はぁ!? それじゃあいざというときに対処できないでしょ!?」

「だから私が一緒に行くんだよ」

「え?」


「それじゃあ出発しよう。どこか来たいところある?」

「家の家事やらせてよ・・・・・・」

本来なら今日は一日中寝ているつもりだったのに、成美にたたき起こされた。私と一緒に出かけたいらしい。

休日ってのは体を休めるためにあるのに、何でわざわざ疲れに行くんだろう。

私にはさっぱり理解できなかった。

「とりあえずあそこにでも行こうか。あの人に挨拶してこないとだし」

「えぇ~・・・・・・。あの人怖いんだよなぁ・・・・・・」

「成美が変なことしなきゃいい話でしょ。ほら行くよ」

「いやだぁ~! カフェとか行きたい~!」

わがままを言う成美の手を掴み、引きずって連れて行く。


路地裏を抜け、とある廃ビルに到着した。

「さて、入りますか」

私はドアをノックした。

「・・・・・・なんだァ? ここはガキが来るような場所じゃ・・・・・・」

革ジャンを着た柄の悪そうな男が出てくる。

「私ですよ」

「ふ、フユさん!? も、申し訳ありません! さぁさぁどうぞお入りください!」

私の顔パスで楽々入室できた。

ちなみにここはヤクザの組織である。

私の名は裏社会では有名なので、私の名を出せば大抵の人は恐怖する。

「お前やっぱりすごいな・・・・・・。ヤクザの組員に怖がられるなんて・・・・・・」

「別にそれで威張ったりはしないよ」


私たちは会長の部屋に案内された。

会長の部屋に向かっている最中も、他の組員とすれ違うたびに深々と礼をされた。

「おぉ、フユ、成美。久しぶりだな! 二人とも元気にしてたか?」

会長は私たちを笑顔で出迎えてくれた。

「元気元気。おじさんも元気そうで良かったよ。はい、これお土産」

「ありがとうよ。立ち話もなんだ。そのソファーにでも座るといい。あ、コーヒーでも飲んでいきなさい」

会長が隣に立っていた男に顎で指示する。

男は急いで厨房室へ向かった。

「お構いなく」


私たちはコーヒーを飲みながら談笑する。

「お前、17歳で世界最強の暗殺者なんだろう? 昔はあんなに小さかったのに大きく立派になったなぁ」

おじさんが笑いながら話す。

このひと時が幸せだ。

「おじさんも無理しないでね。もう若くないんだから」

「わしはまだまだ現役だぞ?」

「は、ははは・・・・・・」

成美は明らかに怖がっている。

ここには何度も来ているのに全然慣れていないようだ。

「今日は泊まっていくか? 美味いもの沢山食べさせてやろう」

「ごめん、今日は他にも行くところあるから・・・・・・」

私たちが会話していると、突如組員の男性が入室してきた。

随分慌てている様子だ。

「た、大変です! 他の組の奴らが、カチコミに来ました! しかも武器所持です!」

「・・・・・・狙いはわしか」

私は急いで窓の外を確認する。

外からは銃声音が聞こえ、何人もの人が倒れていく。

「・・・・・・やりますか」

私は腰に手を伸ばす。

「お前今日武器持ってきてないだろ」

「・・・・・・あ」

そうだった。今週は成美から武器を取り上げられてるんだった。

「あーもう! 何でこんなときに!」

「これを使え」

「え?」

おじさんは袖に手を伸ばし、銃を取り出した。

錆がついており、かなりの年代物だ。

「お前の成長。わしに見せてくれないか?」

おじさんは私を見て、歯を見せて笑った。

「・・・・・・分かった」

私はおじさんから銃を受け取る。

「さぁ、『Let's party time』」

私たちは窓から飛び降りた。


「・・・・・・」

部屋に一人残された会長は、壁に貼られている写真を見る。

そこには若い女性と、男性、幼い幼女がこちらを見て笑っていた。

「・・・・・・咲姫。お前の娘も、こんなに大きくなったぞ。だから、これからも見守ってやってくれ」

会長は一人呟く。


「クッ! 数が多い!」

私は車の陰に隠れながら射撃をする。

私たちの組の人数に対して、相手の組の数が圧倒的に多い。

このままでは私の銃弾が先に尽きる。

「フユ、後ろ!」

「!」

前と後ろからナイフを持った男が切りかかってくる。

とっさに横に転がり、腹部に発砲する。

「さすがヤクザだね」

今までの相手なら人数は少なかったが、ヤクザの場合は数で攻めてくる。

それにコンビネーションも完璧だ。

武器商人相手のときよりは楽だけど。

「フユ、これ使え!」

成美は日本刀を投げてきた。

私は持ち手を掴み、攻撃の構えを取る。

「日本刀はあまり得意じゃないけど・・・・・・。やるしかないか」

横から発砲された銃弾を、刀で真っ二つに切断する。

「嘘だろ!?」

「残念、真です」

私はそのまま発砲してきた男まで走り、相手の額を斬る。

「ハッ!」

私は勢いを緩めず、そのまま周りにいた男たちも斬りつける。

「はぁ、はぁ・・・・・・。重い・・・・・・!」

私は刀を地面に落とし、膝を付く。

今初めて使用して分かったが、成美の使用する日本刀は理由は知らないがとにかく重い。

これ本当に何製? 絶対鉄製じゃないよね?

「オラァ!」

「うわっ」

男が突如横から鉄パイプを振り下ろしてきた。

「く、組長・・・・・・! この女半端ないですよ・・・・・・!」

「黙れ。正義が必ず勝つんだよ。その正義を今から見せてやる」

なるほど、こいつが今回の黒幕か。

じゃあこの人を殺せばミッションクリアだね。

私は剣を投げ捨て、銃をリロードする。

「私の休日を潰した罪・・・・・・。悔い改めろ!」

「何を訳のわからない事を!」

男は獣のように叫ぶ。

「はいはい、馬鹿は何言っても分からないよね」

そのまま男の喉、肘、膝に向けて発砲する。

男はそれ以上抵抗してこなくなった。少しがっかり。

「・・・・・・まだ死なないんだね」

私はせめて苦しまないように殺してあげようと、口の中に銃口を突っ込む。

一発で殺してあげるなんて、私はとっても優しいなぁ。

「あーあ、フユのスイッチ入っちゃった。私はもう知らない」

遠くで成美が話す。

「や、やめろ・・・・・・」

「やめろと言われてやめる馬鹿はいないよ?」

男は遂に涙を流した。

男は必死に訴える。

「せ、正義の組織が負けるはずが無い! 正義が勝つんだ・・・・・・!」

「え? 違う違う。違うって」

私は乾いた笑いをしながら話す。

「正義が勝つんじゃなくて・・・・・・」

私は引き金に力をこめる。

「・・・・・・勝った方が正義なんだよ?」

私は銃の引き金を引く。同時に、男の喉から血が噴き出した。


「さて、そろそろお暇しようか。コーヒーご馳走様」

私はコーヒーカップを机の上に置く。

「あ、そういえば銃返すよ。口の中に突っ込んじゃってごめん」

私はおじさんに銃を返却する。が、おじさんはそれを拒否した。

「いや、お前が持っていてくれ。その方が銃も喜ぶだろう」

「・・・・・・うん。分かった」

私は左側の腰の銃をしまうポケットに収納する。

「じゃあまたね」

「おう! またいつでも来いよ! 我々一同はいつでも歓迎するぞ!」

おじさんを含め、ヤクザの組員たちが手を振って見送ってくれた。

「さて、じゃあ次どこ行く?」

「次はもっと安心するところでお願いします・・・・・・」

「分かった。それじゃカフェにでも行こうか」

「それ良いな!」

私たちは笑いながら、路地裏を抜けていった。

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