第23話 マール子爵、地味ダサ令嬢を狙う

 パーティにピッタリの、よく晴れた清々しい日だった。

 シエーナは早朝に起き出して、長い時間をかけて身支度をした。

 手持ちの中では一番おしゃれな「今っぽい」ドレスを着て、初めて購入したファッション雑誌を参考に、可愛く髪をまとめ上げた。ファッション雑誌を買うと、それだけで自分がオシャレ上級者になった気さえする。


(これなら、メアリーも満足してくれるわ)


 鏡に映る自分を見つめ、親指を立てて力強く頷き、自信を持って自室を出ようとした矢先。

 義妹のメアリーが部屋に飛び込んできた。

 メアリーはドアの前に立つシエーナを見つめ、十秒ほどかけて彼女の頭から爪先までを観察した。再び目を合わせると、メアリーは言った。


「お義姉様っ、まるで流行雑誌のファッションをそのまま再現してみました、みたいな出立いでたちになってますわよ!」

「ええ。完璧でしょう?」

「いいえ。むしろそれがいけないんです。あれは普通の女性がそっくりそのまま真似をしたら、非常に滑稽な仕上がりになるんですのよ」


 そんな……、とシエーナはうろたえる。

 それじゃ、何のためにあの雑誌は存在するのか。


「わ、私どうしたら…」

「予想通りの展開ですから、ご安心ください。ちゃんと全部準備してありますわ」


 パンパン! とメアリーが軽快に手を叩くと、彼女に続いて部屋の外から侍女たちが次々に入ってきた。

 真新しいドレスや装身具を手にしている。


(ああ、やっぱり。実は私もこの展開をちょっと想像していたわ…)


 こうしてシエーナはメアリーの侍女たちの手で、装い新たに飾り立てられていった。




 メアリーの実家は王都郊外にあり、近くに大きな街もあることから、賑やかなところだった。

 馬車に長時間揺られて、少々疲れ気味の状態で下車したシエーナは、メアリーの実家の歓迎ぶりに驚いた。

 流石はメアリーの親族と言ったところか、皆おしゃれに余念がないようで、身内だけのパーティであっても王宮夜会のように着飾っていて、気後れしてしまう。

 出迎えてくれたのはメアリーの祖父母と両親、それに兄夫婦と、なぜかそこに見知った男性が一人いた。

 国立舞踏ホールで出会った、カメオに詳しい男性だ。

 シエーナが展開についていけず、目を瞬いて前庭で立ち尽くしていると、メアリーはここぞとばかりに話し出した。


「お義姉様、どうかなさいまして? もしかして、私のと既にどこかでお会いしていまして?」

「あなたの、?」

「ええ。私の祖母の隣にいるのは、私のはとこのマール子爵ですわ」


 距離を縮めたマール子爵が、スッと手を伸ばしてシエーナの手を取り、お辞儀をする。上出来のお膳立てができたわと、メアリーが内心歓喜する。


「驚いたわ。まさかこんなところで再会できるなんて」


 シエーナがそう言うと、メアリーが目を大きく見開き、芝居がかった仕草で驚愕を表す。


「んまぁぁぁ! もしかしてどこかで既にお二人は会っていましたの? なんて偶然かしら。これは一体、どんな神様の思し召しかしら!!」


 メアリーの芝居が少々下手なので、マール子爵の頰が引き攣る。

 肝心のシエーナはまるで不自然さには気がつかない様子で、にこやかに義妹に教える。


「実は、ルルを連れて行った国立舞踏ホールで、一緒におしゃべりをしたのよ」

「とても楽しい時間を過ごさせていただきました。またお会いしたいと、心から思っていたのですよ」

「私もです! まさかあなたがマール子爵だったなんて。今日はよろしくお願いいたします」


 笑顔を見交わすと、二人は手を取り合ったまま屋敷の中に入っていく。


 屋敷はイジュ邸よりは小さかったが、非常に洗練されていた。

 古臭い花模様のカーテンなどは見当たらず、調度品も華美すぎないモダンなものが多い。掃除も行き届いており、埃を被った家具もない。メアリーの実家は、流行の最先端にいることに、命をかける家系だった。

「さすが、メアリーの実家ね」という文章を数歩進むごとに、頭の中で繰り返してしまう。


 屋敷の中の簡単な案内が終わると、いよいよ食堂での昼食会だった。

 食堂はテラスに面しており、テラスには幾層にもなる花々が植えられていて、非常に開放的だった。ガラス戸で仕切られてはいるが、仕切りのない一枚の大きなガラス戸なので、一見何も遮るものがないように見えて、まるで花園のそばにいるようだ。

 テーブルの上にはすでに冷たい料理や野菜料理が並べられており、とても昼食とは思えないほど豪華だった。

 シエーナの席の向かいには、マール子爵が座った。シエーナは席に着くと、持参したバスケットをテーブルの上に置いた。蓋を開けて、中身を取り出す。


「皆様のお口に合うか分かりませんけれど、ケークサレを焼いてきたんです。よかったら召し上がってください」


 少し緊張しながら自作の得意料理・ケークサレを披露する。メアリーの祖母は驚いたように目を瞬いた。


「あなたが自分で焼いたの?」


 するとマール子爵が割り込んだ。


「まさか! 伯爵家のご令嬢が、調理場になど立つはずがないでしょう。あれは下々のもの達の仕事ですよ。ねえ?」


 同意を求めてマール子爵が目を合わせてくるので、メアリーが慌てた様子で口を挟む。


「お、お義姉様はたまにお料理をされるの。焼いただけじゃなく、材料を切るところからなさるの」


 するとマール子爵は仰天したのかグルリと目を回した。多分、包丁など持ったこともないのだろう。もしかすると台所に入ったことすらないのかもしれない。


「ケークサレはそんなに難しくないんです。子供の頃から作っているので、自信作なんです」


 シエーナはドキドキしながら皆の顔を見回したが、皆口々に礼を言うなり、ケークサレから早々に視線を離した。あまり興味がないらしい。シエーナは肩を落とした。

 茶色い直方体のケークサレは、居並ぶ他の菓子に比べれば、やや貧相に見えた。


(場違いだったかしら。味は自信があるのだけれど)


 給仕達によって暖かい料理が運ばれてくると、皆メアリーのお腹の赤ちゃんについての話題で盛り上がった。

 ひとしきり皆が新しい命への想いを語り尽くすと、今度はイジュ家についての話題が中心になった。

 メアリーがマール子爵に目配せをし、彼はこの機会を逃すまじとカメオの話を勇んで始めた。

 どれもイジュ伯爵家の令嬢を射止めるために、必死に勉強して得た知識だ。もしかして、人生で一番勉強したかもしれない。

 特に最近手に入れたカメオのランプは珍しい逸品なので自信があった。適度に皆が満腹になった頃、ここぞとばかりにパチンと指を鳴らし、侍女に命じてランプを持って来させる。

 シエーナが物珍しそうに目をパチパチと瞬きをして、侍女の持つランプに見入ってくれるものだから、マール子爵は有頂天になった。

 えびぞりになるくらい胸を張って、カメオランプの歴史を語りながら、シエーナにお披露目する。

 ランプがテーブルの隅に置かれると、マール子爵はどうだとばかりに早速灯りを入れた。

 シエーナは初めて見るカメオ製のランプに、目を丸くした。


「一つの大きな巻き貝を丸ごと使って、ランプにしているのね! こんな商品があるなんて。表面に彫られた模様もとても緻密だわ」


 橙色の貝の地色のおかげで、ランプは夕焼けのような美しく柔らかい光を投げかけた。

 素敵だわ、と思わず感嘆の声を漏らす。

 次々と繰り出されるマール子爵のカメオ豆知識に、シエーナは純粋に感激した。中には知っていることもあったが、初めて聞く話もあった。


(まるでカメオについて書かれた本を、一冊丸ごと暗記でもしたような豊富な情報量だわ)


 感心するほかない。

 ――でもなぜか、あの国立舞踏ホールで出会った時のような、心躍る楽しさを感じることが出来ない。


(どうしてかしら。好きなカメオの話なのに)


 自分の心変わりに、自分で首を傾げてしまう。

 マール子爵はペラペラと立板に水のごとく話しながら、菓子類もぱくぱくと摘んだ。ついにシエーナのケークサレにも手を伸ばし、口に放り込んだ。

 どんな感想をもらえるだろうか、とちょっぴり期待して待っていると、マール子爵はさっさと次のタルトを手に取り、一口でそれを平らげた。まるでケークサレに気が付かなかったかのように。

 これには大いにガッカリした。

 ドルー渓谷の魔術館に持っていった時と、なんと違うことだろう。

 そう思うと、あの陰気な館の台所と、一緒に食べてくれたデ=レイがとても恋しく感じる。

 デ=レイは実に美味しそうに食べてくれた。シエーナが見ていないと思って、皿にこぼれた小さな欠片をフォークで集めて食べていたことまで、実は知っている。


(ああ、もう一度お師匠様に焼いてあげたいわ。きっと、たくさん食べてくれるもの)


 そんなふうに無意識のうちに魔術館のことを、いやその主人のことを考えている自分に気づき、シエーナは慌てて雑念を振り払おうと、首を左右に振った。

 せっかく招待してもらったのだから、義妹の親族との交流に勤しまねば。

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