7.名があるということ

 気付けば朝になっていた。

 波の音が懐かしい。その波に半身を洗われつつ砂浜に大の字で寝転がり、『彼』は青い空を見上げていた。

 波の音に混ざって聞こえてきていた、ゼーレ国の跡地が崩れていく音が、一旦止んだ。まだ暫く地盤沈下は進むだろうが、あの忌々しかった地下は完全に埋もれたことだろう。

(地下の奴らは……決着がついた。あとは、空のアレか……)


 ゼーレが崩壊してからここまで、五年が経った。

 やっと、ここまで。


 右腕を動かして、目の前に掲げる。

 この体の持ち主は、今は疲れて眠っている。掲げた腕には青い結晶が貼りつき、徐々に範囲を広げていた。あの地下のエテルニアを破壊し、そのほとんどの力を奪った、その反動だ。体の持ち主には暫く眠っていてもらった方がいいだろう。

 目を瞑って右腕を砂浜に投げだし、深く息を吐く。

 押し寄せる波の音に、ザクザクと、砂浜を踏む足音が混じる。一呼吸置いてからゆっくりと瞼を持ち上げれば、不安げな顔がこちらを覗き込んでいた。

「あ……えと……」

「……レーヴェ、でかくなったな、お前」

 五年ぶりに見た顔に、声をかける。

 すっかり少年に成長した子供は、目を丸くし、そして破顔した。

「ハカセ……ハカセだ……!」

 涙すら浮かべる子の顔を見上げて、つくづく時が過ぎたことを思い知る。

 慌てて目元をごしごしと拭った子供――レーヴェ・レントゥスは、すぐにきょろきょろと辺りを見渡して状況を確認する。

「ハカセっ、ハカセおかえり、大丈夫? 動けそう?」

「いや無理。流石にゼーレから泳いでくるのは無茶しすぎた。一歩も動けん」

「えぇっ?! 泳いできたって、この距離を?!」

「磯を渡って海岸沿いを歩いてくるつもりだったんだが、途中で足を滑らせて海に落ちた。まぁ、仕方ない。夜明け前の真っ暗闇の中で、崩れる地下洞から逃げ出さないといけなかったんだし」

「えぇ……それって大丈夫なの? その、体の方のお兄ちゃん……」

「あぁ、こいつは」

 と、思い出して『彼』は言葉を止める。

 そうだ、レーヴェに、教えてやらないといけない。

「こいつ、名前を貰ったんだよ。こいつの名前は――」


 ×××


「フォーゲル・フライハイト」


 呼ばれて、少年は顔を上げた。

 名を呼んだ係員が手を振っている。待合室の長椅子から腰を上げ、受付の前へと行く。

「はい、フォーゲル・フライハイト君、ね……君も懲りずによく来るなぁ。あれだけ嫌がられているのに」

 受付の係員は用紙とペンを差し出しながら、呆れたように少年を見た。

 ここに来るのは六回目である。ペンを受け取って用紙に名を書きながら、少年は口を開く。

「俺ぐらいしか、来る人いないだろうから」

「だろう、じゃなくて、実質そうだよ。でも君だって被害者だろう。怖くないのかい?」

「今はあまり」

「はぁ、そりゃ良かった。面会時間はいつも通り一時間だよ。今連れてきているところだから、先に入って待っていなさい」

 係員に扉を開けてもらい、中へと入る。手前の椅子に腰かけて目の前にある分厚いガラス越しに向こう側の様子を窺っていれば、すぐに奥側の扉が開いて対面に男が現れた。

 くたびれた植物のように窶れ、昔の威厳が欠片も見当たらなくなってしまったが、囚人服を着ているその男は間違いなくオールドー・ルベルである。

 オールドーは少年を一瞥する。そして不機嫌な様子をそのまま表情に出しながら、ガラス越しの対面に着席した。

「こんにちは、オールドーさん」

「……何故来る……」

 溜め息と共に吐き出された言葉は、呆れが含まれていた。それに対して少年は小首を傾けて返答する。

「元気かと思って」

「これが元気そうに見えるのか? ……もう来るなと、前に言ったはずだが」

「貴方の命令は聞かないことにした。今日は、俺が来たかったので来た」

「……」

 更に大きな溜め息を吐く。

 男は眉間を手で押さえて項垂れた。

「……前回も言ったが、もうお前と話すことはない。だと言うのに何故来る。私を恨むのは当たり前だが、わざわざ私を目の前にして嘲笑うな」

「良かった、元気そう」

「話を聞け」

「ちゃんと聞いてる。前よりも俺を相手にしても喋れるようになってるから、良かった。貴方からエテルニアの気配も消えたし」

 続けて文句を言おうと口を開いた男が、その声を飲み込んで口を閉じる。

 そして眉間から手を離し、じとりと少年を睨み付けた。

「……私からエテルニアの毒が抜けているかを確認しに来ていたのか、お前は」

「? 言ってなかった?」

「…………はぁ……」

 今度こそ男は頭を抱えて盛大な溜め息と共に脱力した。

 少年は首を傾げる。何をそんなに警戒していたのだろう、と言いたげに。

「えっと……エテルニアの毒もあるけど、貴方の場合は、ずっとエテルニアに操られていたようなものだから、心配でもあった」

「……」

「それも、俺よりも期間が長くて、エテルニアに思考の全部を奪われていたから」

「……」

「だから、エテルニアのせいだと考えれば、俺なんかより貴方の方が――」

「黙れ」

 少年が口を閉じる。

 男は顔を上げた。

「それ以上は言うな。確かに当時の私の思考回路はエテルニアによるものだったのだろうが、自分がしたことは自覚している。エテルニアがこの世界から無くなろうとも、お前を利用してゼーレ国を滅ぼしたのはこの私自身。故にお前は正しく被害者であり、私は間違いなく加害者でなければならない……同情や憐れみはいらない。これ以上、私を侮辱するな」

 強い口調と、意思表示だった。

 男の目には鈍くとも光が宿っている。それを見て、少年はほんの少し、ホッとしたように微笑んだ。

「良かった、やっぱり元気そう」

「……どういう意味だ、それは。まったく……もういい。帰れ。これ以上話していると頭が痛くなる」

 男は顔を逸らし、口を閉じた。

 一時間も経っていないが、今日はこれ以上長居しても無駄なようだ。少年は椅子から立ち上がって一礼し、背を向ける。

「おい」

 ふいに呼びかけられ、扉に手を伸ばした状態で振り返った。

 男は顔を逸らしたまま、口だけを動かす。

「お前、名は何だったか」

「? ……フォーゲル・フライハイトです」

「ふん……なるほど、あの姫らしい……何度も言うが、もう此処へは来るな、フライハイト。話すことは無い」

 少年はきょとんとして、思わず男をまじまじと見つめた。

 男はこちらを見ようとはしない。少し待ってから、少年はもう一度頭を下げる。

「……また来ます。オールドーさん」

「来るなと言っている」

 そんなやり取りをしながら、少年は面会室を出た。

 係員がすぐに気付いてもういいのかと聞いてきたので頷き、退室記録をつけてもらう。係員に礼を言って拘置所から出た少年は、ふと自身の手を見下ろした。

「……フライハイトって呼ばれたのは、初めてだな……」


 少年が名前を得てから、二年が経過した。

 自身の名を間違えることはなくなったし、呼ばれてすぐに気付けるようになった。文字を習い始めてすぐの頃に自身の名をどう書くのかを教えて貰った為、今では戸惑うこと無く書けるようにもなっている。

 けれど。


「俺は……」

 呟きかけた言葉を飲み込んで、小さく首を横に振る。

 気を取り直して歩き出した少年は、まっすぐに事務所へとは戻らず、逆方向へと足を向けた。


 ×××


 拘置所から少し離れた場所にある、この街で一番大きな霊園。自由に出入りできるそこに足を踏み入れ、目的の場所へと向かう。

 と、目的地に先客がいた。

 後ろ姿に見覚えがある。驚いて駆け寄れば、先客も足音に気付いたようで、こちらを振り向いた。

「レーヴェ」

「フォーゲル! 久しぶり、元気してた?」

「どうして街に……いつ来た?」

 霊園の奥に設置されている石碑の前にいたのは、レーヴェ・レントゥスだった。

 集落で別れてから約半年。それまで閉鎖的だった集落が他の村と交流し始め、ようやく最近になって人が通れる程度の道が整備できたと、一週間前にカピレ村にいるクーストースから聞いたばかりである。

 その間にレオウとミスティルが人の伝手を頼って何度か集落へと事務的な手紙を送っていたようだが、少年自身は積極的に参加できていなかった。道が繋がったとはいえ集落まで二日もかかる距離へ、個人が私的な手紙を送り届けてもらうわけにもいかなかったからだ。

 故に、少年はレーヴェが半年の間、何をしていたのかを知らない。街へ来ることも一切知らされていなかった。

 当のレーヴェはというと、悪戯がバレた時のような顔で笑う。

「父さんと相談して、フォーゲルをびっくりさせようと思ってたんだ。ここでバレちゃうとは思わなかったけど……結果的に驚かせられたみたいだし、大成功だね」

「うん、驚いた。でも、どうして街に……いや、そもそもどうして、ここのことを」

「石碑のことはフォーゲルが寝てた間にハカセから聞いてたんだよ。街についたら真っ先に来ようと思ってた……オイレおじいちゃんが眠っている、この場所に」

 石碑を見上げる。

 この石碑は、エテルニアによる被害者たちへの慰霊碑なのであった。

 そして、身元不明者を埋葬する場所でもある。その中には施設内で亡くなった老人――オイレ・ケントニスもいた。当時はオイレのことを証言できる者がいなかった為、慰霊碑が建てられた際にここへ埋葬されたのだ。

 レーヴェにとっては六年ぶりの再会になる。胸に手を置き、慰霊碑へと深く頭を下げる。

「あの時のボクは、何もできなくて……結果的に、おじいちゃんを身代わりにしてしまった。それがいつも悔しくて、心残りで……だからボク、償いとして、おじいちゃんの跡を継ごうと思っているんだ」

 一礼を終え、頭を上げたレーヴェは、傍らの少年へと微笑みかける。

「ボク、医者になる。元医者だったオイレおじいちゃんの跡を継いで、集落にちゃんとした診療所を作る。そして、おじいちゃんのような、集落の皆にとって頼りになれる人になる……今日はその為の勉強をするための手続きをしに、この街へ来たんだよ」

 レーヴェの瞳には、強い決意が込められている。

 集落でレーヴェに出会った時はまだ体も小さな十歳の子供であったのに、今のレーヴェはもう立派な人だ。立ち止まらず、しっかり前を向けている。

 そんなレーヴェが眩しく見えて、少年は小さく笑って頷いた。

「そうか……レーヴェなら、きっとなれる。応援する」

「えへへ、実はフォーゲルに背中を押してもらいたかったんだ。ありがとう、お兄ちゃん」

「ん? レーヴェの方が兄だと思う」

「えぇー? ボクの方が年下だよ。あっ、でもボク、もしかしてフォーゲルより背伸びてる?」

 自身と少年の背を比べだしたレーヴェだったが、そんなレーヴェを呼ぶ声が聞こえる。

 少年とレーヴェが振り返れば、向こうからレオウ・レントゥスがこちらに手を振りながら歩いてきていた。

「遅いと思えば、なんだ、フォーゲルにバレてしまったのか?」

「父さん! うん、偶然ここで鉢合わせちゃった。でも驚いてくれたから成功だよ」

「はは、そうか。すまなかったなフォーゲル、事前に教えてやれずに」

 少年は首を横に振り、そしてこっそり胸をなで下ろす。

 レオウもレーヴェも半年前に別れたきり顔を合わせられていなかったはずだが、親子としての溝はしっかり埋められたようだ。

「一度事務所へ戻るとしよう。御嬢も待っておられるだろうしな」

 レオウがそう言って歩き出し、その後ろをレーヴェが追いかける。

 少年も続こうとして、一瞬思考し、石碑を振り返った。

「……」

 しかし、何も言えない。

 自身の手を見下ろして、小さく息を吐く。

 小走りにレオウとレーヴェを追いかけた少年は、二人に向かって言った。

「俺、アハートのところに行く。先に帰ってて」


 ×××


 半年前、少年と共に街へと帰還したアハートは、少年の自室である事務所の屋根裏ではなく、森で過ごすようになった。

 元々は人には懐かない種の鷹だったのだ。本来の生態に戻ったと思えばいいのだが、それでも広場へと向かえば森からアハートが飛んでくる。この日も少年が広場のベンチへ腰掛けるなり、森の上空からアハートがスッと下降してきて少年の隣へ着地した。

「……アハートも元気そう。良かった」

 アハートは当たり前だと言わんばかりにケッケッと鋭い声を上げ、いそいそと嘴を使って翼の手入れを始める。

 その様子を暫く眺め、少年は自身の手を再三、見下ろした。

 少年の右手の甲には、傷痕がある。

 『彼』が砕けた際についた傷痕だ。あれから半年が経つが、この傷痕だけは一向に消える様子がない。少年にはそれ以外にも体中に傷痕があるのだが、この手の甲の傷痕だけはどうにも気になってしまい、何かを考える時はつい手を見下ろす癖がついてしまった。

「……」

 少し長めに、息を吐く。

 そして、『彼』を想う。


 『彼』はずっと、名を欲しがっていた。

 表だっては名前がない少年の心配ばかりをしていたが、その内心で、本当は『彼』を個としてたらしめる為の名を、欲していた。

 きっと、『彼』は人に成りたかったのだ。

 そしてその願いは、『彼』が砕ける直前のミスティルとのやり取りで、ようやく叶ったのだろう。あの朝焼けの砂浜で、あの一瞬の間、『彼』は確かに、人に成れた。


 では、今の自分はどうだろうか。

 オールドーのように過去を認めた上で立ち直れているわけでもなく、惜しむように傷痕を眺め続けてしまう自分は。

 レーヴェのように夢を持ち行動に移しているわけでもなく、目標を失ってただぼんやりとしてしまっている自分は。

 名があるだけで中身がない自分は、『彼』が成りたかったような人に、成れているのだろうか。


 頭を振り、手の甲から目を逸らして顔を上げる。

 と、ふいに隣にいるアハートが短く鳴いた。それと同時に、広場の入り口に見慣れた姿を見つける。

「ミスティル」

「なかなか帰ってこないと思ったら……こんなところで何をしているの?」

 歩き近付いてきた少女――ミスティルに、アハートがケケッと鳴くと翼を広げて飛び立つ。さも交代だと言わんばかりのアハートの行動に、ミスティルはやれやれと肩を竦めながらアハートの代わりに少年の隣に腰掛けた。

 風に吹かれて金色の髪がふわりと揺れる。半年の間に少し伸びた彼女の髪は、今は肩を超えたところで風に遊ばれている。顔にかかる髪を手で押さえつつ、ミスティルは少年の顔を覗き込んだ。

「何か悩み事?」

「……えっと……」

 彼女の深い青色の瞳に思わず引き込まれながら、言葉を探す。

 少し思案したが、言葉は思いの外すぐに口から出た。

「……俺には、何ができるのか、考えてた。オールドーさんは、もう大丈夫そうだし……レーヴェは、医者になる勉強をするって」

「レーヴェ君のことは私も聞いたわ。それにあの人……ふぅん、少し複雑な心境だけれど、まぁ良かったと思っておきましょう。それで? 周りはどんどん先に進んでいるのに、自分は何をしたらいいのかわからず悩んでいる、ってところかしら?」

 少年は頷く。

 多くは語っていないのに、彼女にはお見通しのようだ。自分でも言葉が足りないと思っているのによくわかったものだ、と少年が不思議そうにしていれば、ミスティルは何を思ったのかふいに顔を近づけ、少年の瞳を覗き込んだ。

「ねぇ、フォーゲル。貴方、最近ちゃんと私と目が合うようになっているって、気付いてる?」

「え」

 少年はきょとんとした様子で瞬きをする。

 そしてハッと気付いたように驚きを顔に出し、顔ごと目を逸らした。

 慌てた様子の少年に、ミスティルはくすくすと笑いながら上体を起こし、ベンチの背へともたれ掛かる。

「私、これでも安心しているのよ。貴方がちゃんと自分自身のことを考えるようになってくれて……私たちのところに来たばかりの頃の貴方って、どこかふわふわとしていて、地に足がついていないみたいだった。おまけに目は合わせてくれないし、自分のことは二の次で怪我することも躊躇わないし、目を離した瞬間にどこかへ行ってしまいそうで、どれだけ心配したことか」

「え、う、ご、ごめん」

「でも、今はちゃんと私の言葉を聞いてくれるし、応えてくれる。それに、目も合わせてくれる――ねぇ。貴方の目の力、最近はほとんど効かなくなっているんじゃない?」

 そう指摘され、少年は今日一日の行動を振り返る。

 確かに、ミスティルとは今まさに目が合っていたし、レーヴェと話していた時もお互いの目を見れていたと思う。それに。

「そうか……オールドーさんを相手にして前より喋れていたのは、俺の方だったのか……」

 今のこの言葉をあの男に聞かせたら、何を今更と呆れられていたことだろう。自身の目の力を考えれば、絶対に目を合わせてはいけい相手の筆頭だったのだから。

 ミスティルは言葉を続ける。

「名前がなかった頃の貴方は、きっと、自分自身が何者なのかがわかっていなかった。自己が確立できていないから、他者との境界が曖昧になっていて、それが貴方の目の力になったのだと思う。他者の中に自分に欠けているものを求めた結果、記憶に干渉したり本能に介入したりできるようになってしまった……そう考えれば、今の貴方から目の力が失われつつあることにも説明がつく」

 夕日が辺りを照らし出す。

 その中でミスティルは微笑んだ。

「今の貴方は、自分が誰なのか理解できている。誰かの心の内に自分を探す必要もなく、一人の人としてしっかりと立てている。


 貴方はちゃんと、フォーゲル・フライハイトになれているわ。


 だから胸を張って良いの。フォーゲルも、しっかりと前に進めているのだから」

 それは、今まさに少年が欲しかった言葉であった。

 すとん、と、彼女の言葉が体の中に落ちたような気がした。それと同時に、霞が掛かっていた思考が開けたような気がして、初めての感覚に何度か瞬きをする。

「俺は……」

 思わず言葉が口から漏れたが、唐突に彼女がベンチから立ち上がった。腕を上げて大きく伸びをした彼女は、くるりと振り返る。

「なんて、偉そうなことを言っちゃったけれど、私もこれからのことを考えているところなのよね。貴方がフォーゲルになるのと同じように、私もミスティル・アリーヤ・ゼーレから、ただのミスティルにならなきゃ。それには次の目標が必要だな、ってことで、今後の事務所の方針を今夜話そうと思っていたの。フォーゲル、先に聞いてくれる?」

「え、うん」

「カピレ村と集落の間に、休憩所にもなる拠点を作ろうと思うの。拠点があれば道を整備しやすくなるし、ちゃんとした道が確保できれば物資も運びやすくなる。そうなれば、行く行くはゼーレの復興にも手が出しやすくなるんじゃないかしら。ねぇ、どう思う?」

 唐突に聞かれて、少年は呆気にとられた。

 ゼーレ国の復興。考えてもいなかった。そのゼーレを崩壊させたのは自分だと言うのに、ミスティルは当たり前のように自分へとこの質問を投げかけたのだ。

「……俺も、関わっていいの?」

「当然よ。むしろ関わってもらわないと困るわ、ただでさえ人手不足なんだもの。もし過去のことを悩んでいるのだったら、それこそ罪滅ぼしだと思って、私の夢の実現に協力して欲しい。私にはフォーゲルが必要なの」

 あっけらかんと、そう言ってのける彼女に、肩の力を抜けた。

 深く息を吸って、長く吐き出す。

 そしてほんの少し、笑った。

「……俺も、オイレさんに、いろいろ報告できそう」

「ん? 報告? どういうこと?」

「ううん、こっちの話……ミスティル、頼みたいことがある」

「なぁに? 夕飯のメニュー以外なら聞くわよ」

「俺も、髪を切りたい。ミスティルみたいに」

「え、本当? でもフォーゲル、鋏の音が苦手なのではなかった?」

「今なら大丈夫だと思う」

「そう、じゃぁレオウに頼みましょう。前回もレオウに切ってもらったのだけれど、意外と上手だったのよ。ふふ、きっとレオウ、びっくりするでしょうね」

「うん」


 少年――フォーゲル・フライハイトも、ベンチから立ち上がる。

 日が落ちた空は、早くも星が輝き始めている。そこに青い光は無いけれど、静かに輝く星に『彼』を思い浮かべて、フォーゲルは一歩を踏み出した。


  END

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リーベルタース ep. No name 光闇 游 @kouyami_50

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