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あのDMから二日後。指定した喫茶『睡蓮』からすぐの下北沢の事務所でピンでの雑誌取材をこなし、午後からは仕事がないようにスケジュールを調整した。
実はあのDMの後マネージャーの羽田さんに空きスケジュールを確認した。
「空いてますけど…細井さんから空き確認するって珍しいっすね。あ、彼女でもできました?」
確かに仕事ファーストだった自分がわざわざ空きの確認をすることは珍しいが、いくらなんでも話が飛躍しすぎだ。かといってネットで出会った自殺しようとしているファンに会いに行くなんて言えるわけがない。
「いや、まぁそんなんちゃいますよ。ちょっと友達に会おうって誘われたんです。」
羽田さんを巻き込むわけにもいかず、なんとなくの噓で誤魔化して電話を切った。当日になっても羽田さんは
「あ、これから予定あるんでしたっけ。あれだったら送っていきましょうか?」
と気遣ってくれたが、自分は
「ここら辺で会おうって言うてるんで、大丈夫です。わざわざありがとうございます。」
となるべくこの話から羽田さんを遠ざけようとした。
そのまま徒歩圏内の喫茶『睡蓮』に向かい、到着した時には14時半だった。少し早く着きすぎてしまったが、気にせずいつものミルクティーを頼んで彼女を待った。
約15分後に一人の若い女性が入ってきた。時間よりも少し早かったが、何故かすぐに待ち合わせしているあの女性であると確信し、すぐに目が合った。
黒のワンピースに厚底の靴、自然のままに下ろされたロングヘアが清楚な雰囲気を演出していた。
「あっ…『社不さん』ですよね。どうも細井です。」
いわゆるアカウント名で彼女のことを呼ぶのはなんだか恥ずかしかったが、こう呼ぶしかなかった。
「はい。わざわざこのようなお時間作っていただいてありがとうございます。」
生気を感じさせないとても丁寧な言葉遣い。色白な肌も相まってより一層人間味を感じなかった。
席につくやいなや、彼女は店員を呼びメニューを見て少し頭を悩ませた。
「すいません。ブラックコーヒーといちごパフェ貰えますか。」
コンビではボケ担当の自分が思わずツッコミたくなるほど不思議な注文だ。子供っぽいのか大人っぽいのかよくわからないし、死について話そうとする時にガッツリパフェを食べること自体がはっきり言って変だ。
「あの…お名前お聞きしてよろしいですか?アカウント名で呼び続けるのは少し気が引けるので。」
そう言うと彼女は一瞬ハっとした顔をして
「あ、石川紗季といいます。上智大学の文学部で二年生です。タイムさんのことは高2の夏休みに大阪旅行でなんばグランド花月に行って直接漫才を見たときから大好きです。」
と急にまくしたてるように自己紹介をしてきた。タイムというのは僕らのコンビ名で、上京前からのファンということに少し驚いた。
「そうなんですか。ありがとうございます。お笑い好きなんですか?」
「はい。実は父が大阪生まれで小さい頃からお笑いを見てきて、タイムさんを見た時も父と一緒に見たんです。」
生い立ちや今までの態度を見ると案外普通の女子大生だと思った。最初に感じたミステリアスな一面は僕の幻想だったのだろうか。身の上話をする前に気になることがたくさんあったので本題を切り出す。
「あのぉ色々聞きたいことは山々なんですが、今回のDMの内容について聞かせてください。石川さんが死にたがってる理由が僕にはようわからんのです。」
彼女は少し顔を歪めて、僕の目を見た。その顔はとても綺麗でフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を彷彿とさせた。だがそこには先ほど感じた生気がまた失われているようにも感じた。
「理由についてお話しする前に、私が細井さんにメッセージを送った理由をお話しします。大好きだったからっていうのも噓じゃありませんけど…」
質問についてははぐらかされたが、彼女については気になることが多すぎてそんな事はどうでもよくなった。
「実は…山辺さんが関係してるんです。私の自殺願望に。」
彼女が満を持して出した名前は、僕のよく知る相方の名前だった。
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