虚偽

おーるど

虚無を感じる白い部屋で今日も目覚める。机の上に残る大量の空き缶と食べかけの焼き鳥を見るに晩酌の後に寝てしまったらしい。記憶が全くないことと、一人でそこまで酔いつぶれてしまったことが我ながら恐ろしく感じた。


いつもの癖でiPhoneを開くとTwitterに一通のDMが来ていた。上京して三年、お笑い芸人として少しずつ勢いをつけ始めた自分にとってファンからのDMはそこまで珍しいことではなかったが、そのDMは一際目を引いた。


「細井様へ 私は近いうちに飛び降り自殺を計画しています。最期に大好きな貴方に聞いていただきたいことがあって、メッセージを送らせていただきました。よろしければ返信お願い致します。」


お笑い芸人が送られるメッセージとしては最悪のものだ。生気のないAIが書いたような無機質な文面。かといって噓だと決めつけて笑い飛ばせるほど薄情になったつもりはない。


「ご丁寧にありがとうございます。そちらの事情を存じていない僕が言うのもおこがましいものですが、どうか思いとどまっていただけないでしょうか?僕でよろしければいくらでも話は聞きます。」


精一杯心を込めたつもりの返信。今になってアカウント名を見ると『社不さん』とあった。アイコンは彼女のプリクラの口元にスタンプがついた画像であり、プロフィールからも若い女性であることが垣間見えた。

なぜ彼女は死を思って、なぜ彼女が自分に助けを求めてきたのか…二日酔いの脳みそで考え込んでいたところに返信が来た。


「話を聞いていただけること心から感謝します。多忙であることは重々承知しておりますが、どうか直接会って話を聞いていただけないでしょうか。都内であればどこでも大丈夫です。」


彼女は思い切ったわがままを口にしてきた。その思い切りの良さが本当の”最期”を感じさせ、妙に恐ろしく思った。だが、この少ないやり取りの中で彼女を案ずる気持ちが生まれていたのも確かだった。


「僕でよければぜひ。下北沢に『睡蓮』というカフェがあるんですが、そこで明後日の15時からなら時間が取れそうです。」


「わざわざお時間とっていただきありがとうございます。私も大丈夫です。お話しできること楽しみにしています。」


“楽しみ“という言葉をここまで色んな意味で勘ぐってしまう経験は初めてだった。頭をリフレッシュさせようと、ソファに横たわったままテレビをつけると同期の高岡がワイドショーでグルメロケをしているのが目に付いた。


「あの子高岡もフォローしとったなぁ。」


何でもない独り言だが、無意識に彼女のことを考えてしまっていたことにうんざりした。


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