眠る

牛尾 仁成

眠る

 車一台、人一人いない街並みがある。夜の闇が街を覆い、人間を失った街はどこまでも静かだった。


 恐ろしい程高いビルだの、迷宮のような構造を持つ駅がその威容を誇ろうとも、人がいないそれらはちょっとだけ間抜けていた。


 誰も見るものがいないというのに、ネオンや街灯は全力で暗闇の中に街並みを浮き上がらせている。ネオンが切り替わると光度の変化で、周囲のビルの壁が色合いを変えた。繁華街のネオンは人がいようがいまいがお構いなしで、自らの目立ちっぷりをアピールしていて、ずっとギラギラしていた。


 人がいなければ駅前だって静まりかえるのだから、路地裏はもっと静かだった。


 通りに面した街灯の灯りを吸い上げて、かろうじてどこに何があるのかが分かる。ゴミ箱、汚い段ボール、朽ちかけの自転車が転がり古いテナントには壊れかけのネオンが掲げられていた。


 大通りのショップには不気味なマネキンが誰もいない通りを見つめ、ガラスは冷たく夜と人が作り出した光を湛えている。車が無いから、道路は模様のついた大きなスペースだった。


 どこまでも人工の光で包まれた都会の中に、大きな暗闇がある。木立に囲まれた寺院は真っ黒な世界にそそり立つ何か得体の知れないものに見えた。本殿とは真逆に社務所は蛍光灯の灯りがこれでもかと照らされていて、同じ施設の一部とは思えないほどの差だ。


 人が眠り、街が眠っても都会の機械たちはずっと動き続けている。灯りは何時までも、道路や外を照らし、そそり立つ赤い尖塔はその姿を象るように電球を発光させていた。


 何の予兆も無く、尖塔の光が消える。


 線路が鳴り出した。一日の最初の電車が走り出す。


 永遠に続くような夜も、ゆっくりとでも着実にその色を薄めていた。

 

 東の空から色が抜けていく。ゆるゆると薄い膜が剥がされていくように明けていく。


 置き土産とばかりに湿気った空気が露を含んで重たくなった。もやがふわりと街の中を遊び始める。道を、路地裏を、ビルとビルの隙間を、ひっそりとしめやかに染み渡って行った。


 街のどこにでもある冷やされた露がきらりと光る。


 もう夜はどこにも無かった。

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眠る 牛尾 仁成 @hitonariushio

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