第10話 魔女と悪魔

「……どういうこと? アリシアは確か、英雄のせいで壺に封じられたって……」

 私はかなり狼狽えていた。

「よく考えてみてよ。わざわざ壺に封じるような面倒な術を、英雄なんて人がすると思う? 殺したほうが簡単でしょうに」

 女性が……魔女が問いかける。私はそれでも信じられなかった。


「でも、なんで魔王がそんなことを」

「使いやすいように加工したのよ。悪魔の体を」

「……そんなことって」


 私は動揺を隠しきれないまま、アリシアを見る。アリシアは反論の一つもせず宙に浮いていた。


「確かあなた、アリシアと聞いたわ。……魔界で二番目に権力を有する人。……魔界の存続が危ういときに要となる人物。いざというときのために、魂を器から抜き取ったのね……」

「ええ、その通りよ」

 魔女の問いかけに、アリシアはあっけらかんとした物言いで壺を傾けた。


「でも、それがどうというの? 魔王はその座に着く前からそういう人よ」

「アリシア……」

「ノイハ、嘘を吐いたのは謝るわ。……でも、悪魔のすることってたかが知れているでしょう」

 アリシアは少したりとも動じていなかった。それどころか開き直るように魔女の言葉を切り捨てる。


「……やっぱり、あなたたちは最初からそういう輩なのね。人間を誑かすだけ誑かして見限る、それだけの存在……」

「ええ、わかり合えるはずはないわ。だってあんた魔女でしょ。人間が悪魔の真似事をしただけだもの。あんたとあたしは違うのよ」

「うるさい……五月蠅いっ、耳障りだっ」


 魔女が絶叫のような金切り声を上げる。途端に、庭園に暴風が吹き荒れる。

 私は咄嗟にモップをたぐり寄せた。


「ノイハ! 詳しい説明はあとにするわ。今はこいつの駆除が先よ」

「ちゃんと分かるように説明してくださいよ! ……というか、どうやってこの霊を排除すれば」

「単純よ、庭園の外に追っ払えばいいの」

 アリシアが叫ぶ。それまで半透明だった魔女の体を、ドス黒い霧のような靄が覆っていく。

「許さない、許さないゆるさない。憎い悪魔の残党め……ここで根絶やしにしてやる」

 魔女はもはや、理性など手放してしまっているようだった。私はモップを手に構えたまま、じりじりと距離をとる。


「彼女を庭園の外に追いやるには……囮になるしかないか?」

 私は軽い舌打ちをして、呪詛を唱える魔女に向かって手を振る。


「あの――魔女のお方! あなたはここにいてはいけない存在です。私はあなたをここから出さなければなりません。でも、あなたが安らかな眠りにつきたいというのなら、お手伝いします」

「黙れ! 悪魔なんぞに私の何がわかる」

「わかりません。ですがあなたが苦しんでいることは分かります。だから」

「悪魔なんぞの戯言に付き合っていられるか。この土地を滅ぼさなければ、私の魂は浮かばれない」


 魔女がヒステリックな声で叫ぶ。やはり話し合いでは解決しないところまで来ている。となったら。


「破壊できるものならやってみればいい。……その前に私を殺すことができたなら」

 挑発するような言葉を投げて、私は背を向け走り出す。

 背後から、甲高い女の声が響く。


「ああ、望み通り葬ってやる、まずは貴様からだ」

 魔女が叫ぶ。私は振り返らずに、庭園に広がる迷路に飛び込んだ。


「……と、威勢良く走りだしたまではいいけど、問題はここからかな。……どう庭園の外に誘導すれば」

 上がった息を整えながら、私は必死に思考を巡らせる。


 庭園の外にあるのは、深淵だけ。

 私一人が囮となっておびき寄せるにしても、かなり難しいだろう。

 他に何か、確実な方法があるとしたら。


「……そういえば、あの魔女は本から現れたんだよな」

 ふと冷静になって思い出す。

 魔女は本に封じられていた。確か本の名前は――「魔女を滅ぼす程度の大魔術」。

 

 私は弾かれたように顔を上げ、そして邸宅を見上げた。


「それだ……! 魔術本だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る