第8話 封じられた何か
誰かいないのか。
目覚めさせる者すらもいないのか。
忌まわしきあの光。憎いあの存在。
忘れるものか。許すものか。
お前を、忌々しいお前を、必ず私の手で。
……奇妙な声が聞こえた気がして、私の意識がふっと浮上する。
「あら、目が覚めた?」
毛布の中でもぞもぞとしていると、呆れたようなアリシアの声が響いた。
私は毛布から顔だけを出して辺りをうかがう。……何ら変わりない。いつもの魔術部屋だ。
「あの、アリシア。……もしかして私、寝落ちしてました?」
「ええ、バルコニーで眠りこけてたから、こっちまで運んだの」
「それはその……申し訳ないです」
私は軽く頭を下げると、それまでくるまっていた毛布をてきぱきと片付けた。
どうやらだいぶ長いこと眠っていたらしい。すでに外は昼間のように明るかった。
アリシアはいつものように宙に浮かびながら、窓を背に私に向くと、
「実はね、あれから使えそうな魔術書を何冊か見つけたの。だから、今日はそれの解読作業をしようと思うわ」
「魔術書……」
「ええ、あたしはこっちで見つけた書物の解析、で、あんたは」
「魔術のリハビリ、ですね。とりあえず魔術書で学ぶところから」
「理解できているようでよろしい」
アリシアは満足げな声で言い、くるりと壺を一回転させる。
私はそんなアリシアを見つめ、ふっと目を伏せた。心の中で、不安と焦燥が渦を巻いている。
……正直なところ、荷が重いと声を上げたかったが、躊躇った。重責を抱えることの不安を、そう易々と言葉にしていいのか、分からなかったのだ。今までたった一人で、ここの管理をしていたアリシアの気持ちを考えると、尚更だった。
「……はあ」
かくしてアリシアとは別作業となった私は、大きく息を吐ききって「魔術書物第一の巻」と題された書物に向かい合う。
なんでも、魔力の扱い方を指南する入門書だという。
「ええと……魔力は気の流れ、水の流れと酷似する。地に宿る魔力の素を流れに逆らい使役することを魔術と呼び……」
つらつら記されている内容を、一つ一つ理解するべく復唱する。一方のアリシアは、難しげにうんうんと唸っていた。
「何なのこの言語……意味が無茶苦茶じゃない。アーラス言語は理解しているつもりだけど、いったい誰が翻訳して……」
溢れる本の山の中で、私たちは今日もひたすら地味な作業を繰り返す。見映えも何もない作業を、ただ延々と。
……そうして二時間か三時間くらいか。
一旦作業に区切りをつけた頃だ。なんとも奇妙なことが起きた。
アリシアが読み進めていた書物……「魔女を滅ぼす程度の大魔術」と題された古本が不意に光を帯び、ちかちかと明滅し始めたのだ。
「ん?」
突然の出来事に、私が目を瞬かせる。
古本から放たれる光は、たちまち目を背けたくなる程に眩しいものへと変わっていく。
不可解な現象。アリシアは珍しく動揺していた。
「なんなの。詠唱もしていないのになんでいきなり……」
「アリシア、いったい何をやらかしたんですか」
「何もしていないわ。普通にページをめくったらいきなり光り始めたのよ。触れたら自動的に発動する魔術なのかしら……」
「そんな都合の良い魔術って存在するんですか」
魔術書のページがひとりでに捲られていく。
戸惑う私たちをよそに、魔術書を中心に強風が吹き荒んでいく。何が何だか、理解が追いつかなかった。
風はごうごうと吹き荒れていき、埃やら紙片やらを天井まで巻き上げていって……やがて、ぴたりと収まった。
強風に吹き飛ばされる形で、積み重ねていた本の山が崩れる。私は咄嗟に散らばった本をかき集めるようと手を伸ばした……が、見慣れない人影が部屋の中央に佇んでいることに気付き、どきりとした。
「嗚呼、ようやく、ようやく。私を縛るものがなくなった……」
白い衣服に、落ちくぼんだ目の長細い影。
よく目を凝らすとその姿は半透明で、足首がから先がない。
「あれは、まさか……幽霊?」
私は青い顔でじりじりと後退する。
目の前の女は体をくの字に折り曲げ、くつくつと不気味な笑声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます