第7話 掃除と愚痴

 アリシアに包丁を取り上げられ、私は仕方なしに干した芋をかじっていた。


 しかしながら、料理ができないというのは中々致命的なのかもしれない。ここにはレシピ本もたくさんあるというのに、肝心の料理のできる人間はいない、という。


「というかそもそも、悪魔って料理をするもんですかね」

 魔術部屋に立ち戻り、本の仕分けをしながら私が呟く。

 

 アリシアは一冊一冊丁寧にページを捲って確認作業をしながら、ぶっきらぼうに、

「昔はこの家にも沢山料理人がいたわ。主に食事を加工して提供する仕事ね」

「悪魔で料理人ですか……なんだか不思議な響きですね」


 アリシアが検めた本を受け取り、私が棚にしまう。その作業を繰り返し続けていく。

 ページをめくり、中身を確認、仕分けして、棚に戻す。


「……いつまでこの作業を続けたらいいんだろう」


 ずしりと重い書物を手に、私がぼやく。

 だいぶ長い時間仕分け作業をしたつもりだが、見た限り全体の一割も整頓できていない。


 ……というか、今は何時だろう。

「ええと、時計は……」

「壁にかかっているでしょ。十五時半よ」


 アリシアの声に促され、本棚の隙間に埋まるようにかけられた時計を見る。

 アンティーク製の、趣ある古時計。


 物と本で散らかっているためか、時計がかかっていることにさっぱり気付かなかった。


「この部屋を整頓するのに、いったいどれくらい時間がかかるんでしょうね」

「そうねえ、現状あたしとあんたしかいないし、とにかく人手が足りないわね」

「誰でもいいから、悪魔の一人くらい召喚できたらいいんですけど」

「あたしに言われても。散々言ったじゃないの、あんた一人だけでだいぶギリギリだったのよ」

 

 アリシアは不機嫌そうに反論すると「それより手を動かしなさい」と気取った声で指示を投げてくる。

 私は渋い顔になって、アリシアが鑑定した、とりわけ大きな書籍を手に取った。

 

 片手ではとても持ちきれない巨大な本。表紙は牛革で出来ているらしい。他の本よりも幾分か質が良さそうだ。


「……それにしても随分大きいな」

 表紙をなぞって、試しにページを捲ってみる。紙質も良い。


「あの、アリシア、この本はいったい……」

 少しばかり気になって、私はアリシアを呼び寄せた。


「ああそれ、悪魔が封じられている本ね」

「それって、私みたいに……ですか?」

「ええ、ただ今のあたしじゃ封印は解けないわ。諦めて」


 アリシアはきっぱり言って、宙を漂いながら本の整頓を再開させる。

 

 私は牛革製の表紙を指の腹でなぞった。

「……すみません、私が無力なばっかりに」


 そう声をかけて、巨大な本を横倒しにして棚にしまい込む。



 その後も、私たちはただひたすら、夜が更けるまで黙々と本の整理に時間を費やした。


 ――かくして迎えた、夜中に近い時間帯。

 分厚い雲が覆う月のない夜は、とても冷え切っていた。

 私はバルコニーから夜空を見上げ、ただぼんやりとしていた。


「……静かだ」

 静まり返った庭園には、音があまりにも乏しい。それが不思議と心地よくて、私は膝を抱くようにして地べたに座り込んだ。


「ワウ、ワウ」

 特に何をするわけでもなく適当に時間を潰していると、尻尾を大きく振る毛玉が私に駆け寄ってくる。


「……そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」

「ワウおう」

「うん……モフモフでモコモコだから……モフモとか、どうでしょう」

「わうお」

「……言葉を発しないので、気に入って頂けたのかわかりませんね」

 

 私は少しだけ頬を緩める。モフモと名付けた毛玉は、尻尾を忙しなく振りながら、私の膝に前足を乗っけた。


「……あの、モフモ。私の愚痴、少しだけ聞いてくれますか」

「わう」

「どう言葉にすればいいのか。……その、今の私に何ができるか、さっぱりわからなくって」

 モフモの頭を撫でながら、私がか細い声で語りかける。


「アリシアがなぜ私を選んだのか、この使命が私なんかに見合うのか。正直言って自信がないんです」

「わう」

「本当に……私にこなせる役割なんでしょうか」

 そう尋ねて膝に顔を埋める。全く自信がない。それが本音だった。


「確かな記憶もない状態で、不完全なまま目覚めたのがどうにも不安で……」

 

 それ以上は言葉が続かなかった。

 ただ、不安を吐露して気が緩んだのだろうか、私はそのまま倒れ伏すようにして眠りについた。


 モフモの足音が聞こえなくなる。

 やがて、本当の闇が眼前を覆っていく。

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