遠いからこそ手伸ばす景色

「じゃあ、希、せっかく知り合ったのだから、少し雑談でもしようか」


 現在、私は学校の屋上に連れられました。

 風通しのよく、心地のいい場所。


 水をかけられた髪や服は乾いているから寒くもない。

 むしろ暑いくらいだ。


「私はね、物心つく前から空を見たいと思っているんだ」


「空なんていくらでも見れるのでは?」


 今も上を向けば赤みがかった空が広がっている。


「いいや、私はもっと近くで見たいんだ」


 はて?【翼人】様は何をおっしゃっているのか。


「だからまずは君が代わりに見てほしくてね」


 獲物に見せるのですか…。

 何を言っているかはわかりませんが。


「そして私の目を食べるのですね」


「へ?」


 よくわからない理論ですね。

 鷲京様がそんなことを信じるとは思っていませんでしたが

 貴女様であれば喜んで差し上げましょう。


「えー、あー。っていうのは八割がた冗談だよ」


「二割はなんですか」


「本気だね、食べたくなるほどきれいな脚だよ」


 お褒めいただき光栄です。

 喜んでいいのかはわからないが。


「でもべたいって意味では一割くらいの冗談だよ」


「…?」


 何をおっしゃっているのですか?


「この子純粋すぎ、いたいけなくらいだ」


 純粋…?


「そういえばさ、なんであの時抵抗とかしなかったの」


「抵抗したら、私が加害者にされますよ?」


「ああ、そっか、【翼人】って脆かったね」


 脆いというほどではないと思いますが…。


「じゃあ、生徒会に入りなよ。推薦はしておくからさ」


「え…いや、認められるわけがないでしょう、【堕人】が生徒会に入るなんて」


 はとんど敵ですよ?

 四面楚歌ですよ?


「大丈夫、大丈夫。【堕人】だからって理由で判断する人は二、三年生にいないよ」


「ですが…」


「鴉はどこにでもいるし、鷲の目からは逃れられない。中立って案外多いんんだよ」


 …盾はあればあるだけいい。

 断る理由も何もない。


「わかりました、目指してみます」


「よかった、あとは本題、目をつぶって口閉じててね」


「はい」


「じゃあ、行くよっ!」


 風が流れる感覚。

 走り出して翼を打つ音。

 飛ぶのですか、私を抱えたまま。


「羽ばたきがうるさいだろうけど許して、ねっ!」


 足を弾き、鋭くくうを切る翼。

 

 今、私は飛んでいるのか。


 数度風を押し下げる音が響いた。


「もう目を開けてもいいよ」


「…すごい」


 いつもよりも、近い。

 橙に染まった広い空、赤く照らされた雲が…。


「きれい…です」


 雲に手が届きそう。


「だよね。こんな風に飛びたかったらいつでも呼んで」


「わかりました」


 

 無言すらも心地いい。


「私には夢があってね」


 空が見たいという話に通ずるものなのでしょうか。


「人の力を使わず空を飛ぶこと」


「素敵な…夢ですね」


 叶えば誰でも飛べますね。


「でしょ、そうすれば飛びながら、空を見上げることができる、最高だよ」


 こんなにも大きな翼を持っているのに。

 無邪気な少年のような赤く染まった表情に私は見惚れてしまっている。


「お手伝いします」


 この不思議な人のためならば、できる限り頑張れると。

 そう思ってしまった。

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翼の無い少女 歩行 @lcoocoo

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