第053話 心が折れる音がした

 害獣がすることなんて待たなくてもいいんだけど、今までそんなことを言う害獣と会ったことがないので興味がある。


 何をしてくるつもりなんだろうか?


 しょうがないので待っててあげよう。


「レイ、奴を止めるのじゃ!!」


 のんびりと待っていたら学園長が血相を変えて叫ぶ。


「なんでですか?」

「きっととんでもなく強くなるに違いないぞ!!」

「大丈夫ですよ、害獣がちょっと強くなるくらい。問題なしです」


 学園長が焦っているけど、害獣がいくら強くなったところでたかが知れている。


 むしろ強くなるというのなら、面白そうなので見てみたい。


「あいつは害獣なんかじゃないわ!! モンスターじゃ!!」

「またまたぁ、そんなこと言って。モンスターが害獣みたいに弱いわけないじゃないですか」

「はぁ……こやつには何を言っても無駄か……」


 学園長はいつもながら冗談が好きだな。


 モンスターは戦乙女ヴァルキリーがこれだけ集まって倒しにいくほど凶悪で、強大で、僕みたいな一般人が相手になるはずないんだから。


 でも、害獣にはこいつらみたいに人型も居る。僕は慣れているからいいけど、戦乙女ヴァルキリーが相手にする醜悪でいかにも気持ち悪い見た目をしているモンスターとは違い、少し倒すのに躊躇ってしまうのかもしれない。


 学園長がさっき戯れていたのも倒しにくかったからかもしれないね。


 モンスターとの大事な戦いの前に、これ以上戦乙女ヴァルキリーを煩わせるわけにはいかない。モンスターが来るまで害獣の相手は僕が代わりにやろうと思う。


「まぁ、僕に任せてください。害獣の駆除は慣れてるので」

「はぁ……分かった分かった。好きにせい……」

「離れていてくださいね」


 許可も貰ったので好きにやらせてもらおう。


 学園長は僕たちから少し距離を取った。


「そんなに悠長にしていていいんですかな?」


 僕たちのやり取りを見ていた害獣がニヤリと口端を吊り上げる。


「まぁ、大丈夫じゃないですかね?」

「まったく、魔神であるこの私が舐められた者です」

「御託はいいのでさっさとしてください」

「後悔しても知りませんよ!! はぁああああっ!!」


 その言葉の後、イカ害獣の体が黒い影のようなものに包まれると、その体積が何倍にも増加して、最終的に数十倍くらいに膨れ上がった。


 そして、黒い影が晴れると、漆黒の大きなイカ害獣が姿を現した。


『ぐははははははははっ!! あなたはもう終わりです!!』


 イカ害獣が高笑いをして叫ぶ。


「終わりじゃ……あんなの倒せるわけがない……」


 後ろで学園長何か呟いているけど、気にしないでおこう。


『喰らいなさい!!』


 イカ害獣がその大きな触手を僕に振り下ろす。


 ――パァァアアンッ!!


 僕に当たった触手はそれだけで弾けとんだ。随分と脆い触手だなぁ。


『な、なにぃいいいいっ!?』


 イカ害獣は驚いたように声を上げる。


 どこに驚くような要素があったんだろう。意味が分からないな。


『こんのぉおおおおおおっ!!』


 続けていくつもの触手を僕に叩きつけてきた。


 ――パァァアアンッ!!

 ――パァァアアンッ!!

 ――パァァアアンッ!!

 ――パァァアアンッ!!


 その全てが弾けて消えた。


 脆い。脆すぎる。


『バカな……』


 イカ害獣が心ここに在らずと言った様子で、それ以上何かをしてくる様子がない。


「もしかしてそれだけですか?」

『な、なんですって!?』

「もし、これだけならわざわざ待った甲斐ありませんでしたね。はぁ……」


 せっかくどんなことをしてくるのかとワクワクしていたのに、まさか大きくなるだけだなんて……拍子抜けもいいところだよね。


『ぐぬぬぬっ。ではこれはいかがですか!!』


 触手から発射された針のようなもの。


「やればできるじゃないですか」


 触手を叩きつける以外の行動をしてくれたので嬉しくなる。


 ――キンキンキンキン……


 でも、その攻撃も全て僕に当たったけど、皮膚を貫き通すことさえできなかった。なんて脆弱な針なんだ。よくそんな物を武器にできたなぁ。あんなに脆い体じゃ、実家では生きてられなかったよ?


『これでもダメだなんて……こうなったら、とっておきです!!』


 ――ブシュウウウウウウツ


 イカ害獣が何かを呟いた後、黒い墨を吐き出した。


 僕はちょっと汚いと思いながらもその場を動かずに墨を被る。


『あーはっはっはっはっ。この墨を避けないなんて愚かですね!! これは私以外のあらゆるものを溶かす酸です。あなたのような人間など骨も残りませんよ!!』


 視界が真っ黒になった外でイカ害獣が叫んでいた。


 ――シュゥウウウウウウ……


 周りから肉を焼いているような音が聞こえるけど、僕にはなんの影響もない。


 これ以上待っても無意味そうだ。


「ウォッシュッ」


 僕は静かに呟くと墨が洗い落とされた。


『な、なにぃいいいいいっ!?』

「ドライ」


 イカ害獣が叫んでいる間に濡れた体を乾かす。


「それで、次は何をしてくれるんですか?」

『……』


 尋ねても答えてくれない。


 もう何も無さそうだ。


「もう終わりということでいいんですね?」

『ま、待って、待ってください。あなたのような強い方には初めて会いました。よかったら、私たちの仲間になりませんか? 一緒に世界を支配するんです』

「害獣の仲間など興味はありません。アストラル流害獣駆除術、無限浄化」

『プギャァアアアアアッ!!』


 よく分からない話をしてきたので問答無用で駆除した。


 ふぅ。期待させておいて結局面白いことは何もなかったな。


「学園長、終わりましたよ」

『きゃあああああああああああああっ!!』


 僕が振り返ると、いつの間にか戦乙女たちが戻ってきていて大きな悲鳴を上げた。


「え?」

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