第054話 あっ……

「学園長は大丈夫かしら?」

「大丈夫だって。学園長は世界最強の1人だよ? 負けるはずないよ」


 私たちはガタガタになった体を動かしながら野営地を目指して歩いていた。


 私の心配をラピスが笑みを浮かべて払拭する。


 でも、その体は震えていた。


 ――ドォンッ、ドォオオオンッ


 後ろでは激しい戦いが続いている。


 学園長は世界にたった8人しかいない神級戦乙女ヴァルキリーの1人。


 強いのは分かっている。それに学園長もレイの料理を食べ、ラジオ体操なるものを実践し、マッサージを受けている。恐らく今この世で最強の戦乙女ヴァルキリーだ。


 でも、さっき私たちをボロボロにしたあいつらには異質なものを感じた。


 もしかしたら、学園長でも勝てないかもしれない。


「レイなら……」

「何?」

「いえ、なんでもないわ」


 レイだったら、あいつらにも勝てそう。


 そう呟こうと思ったけど、流石にアイツでもイカ野郎たちに勝つのは無理だと思って口を噤んだ。


 アイツも相当理不尽だけど、今の学園長よりも強いとは思えない。


 のこのこ出ていったら、私たち同じ目に遭うだけだ。そんなこと認められるはずもない。


 でも、もし学園長が負けたら私たちはどうなるんだろうか。あの不気味なモンスターたちに蹂躙されてしまうのだろうか。


 そう思うと、怖くて体が震える。


 否が応でも戦乙女ヴァルキリーと呼ばれる私たちも、ただの人間の女だということを自覚させられる。


 それが悔しい。


 ――フワッ


 自己嫌悪の海に沈んでいた時、嗅いだことのある匂いが香った。


 それはレイが洗った後の洗濯物の良い匂いによく似ている。そして、視界の端に真っ白な何かが一瞬だけ映った。


「レイ……?」


 それが一瞬レイとユキのように見えた。


「まさかね……」


 弱った私の心が見せた幻想だと、首を振って振り払う。


 ――ドォオオオオオオオンッ


 その直後、後ろでひと際大きな爆発音が鳴った。


 私たちは気になって振り返る。


『あ……』


 目に映った光景に、多数の戦乙女ヴァルキリーが同じように声を漏らす。


 なぜなら、遠めに見ても学園長が破れ、今にも殺されそうになっていたからだ。


 そして、その光景に絶望する。


 いつの間にか現れた1人の少女を目にするまでは。


「レイナちゃんとユキちゃん? なんであんなところに」


 戦乙女ヴァルキリーの誰かが囁く。


「え?」


 先ほどまでいなかったはずの場所にレイとユキが現れていた。


 もしかしてさっきのって見間違いじゃなかった?


 そして、そこから先の光景はあまりに異次元だった。


 突然イカ野郎の腕と首が吹き飛ばされて、気づかないうちに学園長がレイに助け出されていた。


 もうこれだけで意味不明だ。レイは私も学園長もほとんどダメージを与えられなかったあの体をいつの間にか斬り裂いていた。どうやったらそんなことができるのか。


 しかも、学園長に何かを飲ませたら、ボロボロだったのが嘘のように元気になってレイに何かを叫ぶ。


 さっきまで瀕死だったのに訳が分からない。


『はぁあああああああああっ!?』


 その後がさらに筆舌にしがたい光景が私たちに瞳に映し出された。


 それは、私たちが手も足も出なかったイカ野郎以外のモンスターが一瞬で消滅してしまったこと。


 しかも遠目から見てレイはハタキのようなものをふるっているだけ。


 あまりに非現実的な光景に私の脳が理解するのを拒んだ。しかし、非現実的な光景はそれだけでは終わらなかった。


 イカ野郎以外のモンスターが消えた後、イカ野郎が蘇生して変身。巨大な漆黒のイカとなった。


 レイに触手が襲い掛かる。でも、アイツは全くよけようとしない。


『いやぁああああああっ!?』


 私たち皆が、レイがやられる、そう思って悲鳴を上げた。


『は?』


 しかし、結果は全くの逆。レイに触れた触手が弾けとんだ。


 レイは何もしていない……はず。アイツの動きを視認できないので自信はない。

「もう少し近づいてみない?」

「あぶなくない?」

「あの様子なら大丈夫そうじゃない?」


 ここまで来ると、戦乙女たちが試合の観戦気分になり始める。


 私もレイがダメならどうせ死ぬ。


 それならもう少し近くで見てもいいかなと思った。


「行きましょうか」

「いいのですか?」

「はい」


 翡翠さんに問われたけど、私たちは戦乙女たちを引き連れて、レイとイカ野郎から少し離れた場所にいる学園長に近づいていく。


 その間もイカ野郎の猛攻は止まらない。


 連続で複数の触手がレイに襲い掛かる。しかし、レイに当たっただけでその全てが弾けとんでしまった。


「あはははは……」


 もう意味不明過ぎて呆れた笑い声が舞台に広がる。


 イカ野郎も触手は効かないと悟ったのか、今度は触手の吸盤らしき場所から筋骨隆々な男の腕のように太い銛のような物を射出した。


『ひぇえええええええっ!?』


 しかし、レイは全く避けようともしない。


 私たちは見ているだけで怖くなって再び声を上げて目をつぶる。


 ――キンキンキンキン……


 金属音が何度も響き渡り、恐る恐る目を開けると、そこにはレイが無傷で立っていた。


 ありえない。


 理不尽だとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。レイの強さは人のそれを超えている。確実に他のところに渡してはいけないと心の底から感じた。


 私たちに声がハッキリと聞こえるまで近づいた頃、イカ野郎から墨が吐き出された。


『あーはっはっはっはっ。この墨を避けないなんて愚かですね!! これは私以外のあらゆるものを溶かす酸です。あなたのような人間など骨も残りませんよ!!』


 イカ野郎が高笑いを勝ちを確信する。しかし、レイは数十秒後に無傷で現れた。ただし、すっぽんぽんでお尻が丸出しだった。


 そして、レイはそのままイカ野郎の話も聞かずに消滅させてしまった。


 「学園長、終わりましたよ」 


 戦闘が終わったレイは、私たちがいる方を振りむいた、すっぽんぽんで。


 当然、私たちにはないものが目に入る。


『きゃあああああああああああああっ!!』


 私たちは今までで一番大きな悲鳴を上げていた。

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