第052話 いったい何を見せられているんじゃ

「何がどうなっておるんじゃ……」


 ワシは先ほどまで殺されかけていた。


 しかし、いつどこからやってきたのかもわからない程に急にレイが現れ、何をどうやったのか分からないが、ワシは助けられていた。


 包丁のような魔装として思えない武器を持ち、ワシの相手をしていたイカ男の腕を斬り飛ばし、ワシを解放し、甘い飲み物―味を考えるとアーマオのジュース―を飲まされた途端、ワシの体は完全回復した。


 やはり伝説の果物に違いないじゃろう。


「それじゃあ、ちょっと黙らせてくるので待っててくださいね」


 レイがワシに微笑みかけてイカ男の方に向かって歩いていく。


 だが、イカ男は多少切り刻んだ程度は死なん。それはあやつの行動からも分かった。


 助けてくれたのはありがたいが、師匠の孫をこれ以上危険に晒すわけにはいかん。


「な!? 行くでない!! レイ!! あやつはまだ死んでなどおらぬぞ!!」


 そのつもりで警告したのじゃが、レイはワシの言葉など聞かずに斬り飛ばしたイカ男の方に向かっていく。


 当然、それを許す連中ではなく、イカ男の取り巻きのモンスターたちがレイの行く手を阻んだ。


 他の奴らもイカ男と同じようなレベルの力の持ち主。流石のレイも多勢に無勢。やられてしまうかもしれない。


「アストラル流解体術、千枚おろし」


 助けに入ろうと体を動かしたのも束の間、レイがポツリと呟いた瞬間、その取り巻きたちはまるで薄くスライスされた食材のようにぺらぺらに斬り裂かれていた。


 その薄さは反対側からその体を通して先の光景が薄っすらと見えるほど。


 どれほど卓越した技量があれば、あの一瞬で人型のモンスターをあれほど薄くスライスできるのだろうか。


「なぁあああああああっ!?」


 その余りに理解不能な光景に、ワシは大声で叫んでいた。


 ワシは奴らの小指を斬り飛ばすのも精一杯だというのに、レイにとっては敵を斬り裂くことなど、ただのモンスターの解体だと言わんばかりの気楽さで実現させている。


 ワシはまだレイの実力を過小評価していたらしい。


 しかし、奴らには再生能力がある。


 予想通り、奴らはその状態からも体を修復させ、徐々に原型を取り戻した。レイはその様子を見て、諦めた様にため息を吐く。


 そして、なぜか、包丁をはたきに切り替えた。


「え?」


 ワシはさらに理解できなくて呆然となる。


 しかし、そのはたきはワシの理解を超えていた。


「ぐわぁああああああっ!? な、なんだこれは!? 再生できない!!」

「ひぃいいいいっ!! た、助けてくれ!!」

「バ、バカな!? こんなことをできるやつは世界にただ一人のはず!!」

「もしかして魔女……魔女なのか!?」


 レイがはたきをひとたび振うたびにモンスターたちの体の一部が欠け、消滅していくのだ。


 モンスターも自分の体がなぜ消滅していくのか分からないまま、混乱と恐怖に頭を支配されて泣き叫ぶ。


 その光景は、先ほどまでの奴らからは想像もできないほど弱者だった。


 そして、ものの数十秒で、ワシが手も足も出なかった奴らをイカ男を残して消滅させてしまった。


「ぐぅううううっ……あの魔女の存在を感じなくなったからこうして人間界に来たというのに、まさかあの魔女のような存在がいたとは……」


 ただ、時間稼ぎにはなったようで、イカ男の体が完全に再生していた。


「あ、あなたは本当に何者なのですか?」


 イカ男が怯えながらレイに問う。


 それはワシも気になるところじゃ。師匠は確かに凄かったが、レイはそれを遥かに超えるほどに意味不明な存在じゃ。


 それに、やはりあの男っ気のない師匠に本当に娘や息子、そして孫がいたのか大いに疑問がある。


「だからさっきから言ってるじゃないですか。ただの寮母だって」


 しかし、レイの返事はそっけなく、そして変わらないものだった。


 その瞳にはなんの興味も映っていない。ただ駆除すべきものと見ている目だ。


 おそらく師匠がそのように教育したのだろう。


「そんなわけないでしょう!! そうでなければ、私があなたに負けるわけありません!!」

「害獣が寮母に勝てないのは自然の摂理。寮母の仕事には管理する場所を保つ義務がある。寮母が家に害を及ぼす害獣を駆除できるのは当然でしょう」


 狼狽えながら反論するイカ男に、レイは謎の理論を展開した。


 寮母ってそんなに万能な存在だったじゃろうか?


「な、害獣などと私たちは推敲な――」

「五月蠅いと言っているでしょう。害獣とこれ以上話すことはありません」


 なおも食い下がろうとするイカ男の言葉を最後まで聞かず、レイは一瞬でイカ男との距離を詰めた。


 ワシにはレイがどう動いたのかすら見えなかった。


「な、なぁっ!?」

 

 それはイカ男も同じだったようで、いきなり間合いに入られて恐怖の表情を浮かべている。


「それでは綺麗にしましょうね?」


 レイは静かに呟いてはたきを振った。


「ぐぁあああああっ!?」


 それだけでイカ男の肩が消し飛ぶ。


「よっ、ほっ、たっ」

「ぐがぁあああっ!! ぐごぉおおおおっ!! ぐげぇええええっ!!」


 振うたびにイカ男の体が消えていく。


 そして、あっという間に顔以外の部分が全て無くなってしまった。


「ワシはいったい何を見せられているんじゃ……」


 その光景を見てワシは呆然と呟く。


「これで終わりです」


 レイがイカ男を見下ろし、はたきを突き付けた。


 これで終わりだろう。


「こうなったら仕方ありません……これだけは使いたくなかったのですが……」


 しかし、イカ男が何かを呟いた直後、イカ男から先ほどまで以上の膨大な魔力が溢れ始めた。

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