第033話 大氾濫
「大氾濫じゃと!?」
学園長がガタリと席を立ち、大きな声で叫んだ。
「はい。最近どんどんモンスターの群れが魔境から出てくる件が増えているのはご存知かと思いますが、一番集中して出ていた場所の奥に千里眼を飛ばしたところ、種族問わず、多数のモンスターが集まっているのが確認されました」
「まさか……ワシの時代に当たるとは……」
学園長とキリカさんが深刻そうな表情で会話する。それは寮生たちも同じで、かなり真剣な表情をしていた。
「えっと……大氾濫ってなんですか?」
空気を壊して申し訳ないけど、よくわからないので質問する。
「ふむ。レイは知らなんだか。簡単に説明すると、数百年に一度起こる、数十万というモンスターが魔境からこちら側に溢れて出てくる災害のことじゃ」
「数十万!?」
あまりに信じがたい話に思わず叫んでしまった。
非常に恐ろしい災害だ。
「そうじゃ。前回起こったのが三百二十年ほど前。その時も多くの人命が失われた。もういつ起こってもおかしくはないのじゃが、まさか今年だとは思わなかった。至急、最低限残しておかなければならない
「ということは、ここの皆も行くってことですか?」
「そうじゃ。とは言ってもコクヨウは手伝いじゃな。まだ魔装を使いこなせておらんからな。セルレ君は特級、翡翠君、ルビィ君、ラピス君は王級の
「そうですか」
皆がそんな危ない場所に行くなんて心配だ。
それに数十万ものモンスター達を倒すのに、何日もかかってしまうと思う。害獣だって沢山居たら駆除するのは数日がかりだし、もっとかかってもおかしくない。
その間、学校内に誰もいなくなるのなら僕はすることがなくなる。
「あの、僕にも何かできることはないでしょうか?」
「うむ。良く言ってくれた。ワシから頼もうと思っていたのじゃが、レイにも出撃の際についてきてほしいのじゃ」
「え? 僕は戦いなんてできませんよ?」
ついていっても皆の足手まといになるだけだ。
「いや、お主なら大氾濫も一人で治められると思うぞ?」
「いやいやいや、何を言ってるんですか? 僕は只の寮母ですよ? そんなことできるわけないじゃないですか?」
学園長も面白い冗談を言ってくれる。
害虫や害獣程度なら僕でも駆除できるけど、山奥で暮らしていた田舎者の僕が、そんな恐ろしいモンスターを倒せるわけないじゃないか。
もしかして、学園長は緊迫したこの空気を和まそうとしたのかな?
「はぁ……まぁよい。お主には戦闘ではなく、後方での支援を手伝ってほしい」
「というと?」
「主に料理の提供じゃな。他にも何かあれば、こちらから指示を出す」
「分かりました。そのくらいなら僕にもできると思うので、任せてください」
料理くらいならいくらでも作れる。
受け入れてくれた皆に恩返しできるのならぜひ協力したい。
「うむ。今すぐに出撃するわけではない。準備が整ったら、追ってまた連絡する」
「分かりました」
話が終わり解散となった後、僕は今からできることを考える。
そうだ。
エプロンのポケットに入れておけば、時間が止まるから何も問題ないよね。
ただ、裏庭だけじゃ、食材が足りないかも。
お肉は沢山あるから野菜や果物を取って来よう。
「マル、留守番頼むね。ちょっと出かけてくる。ユキ、散歩に行くよ!!」
「ウォンッ!!」
「ナーン」
僕は夜にもかかわらず、食材を調達するために外へと繰り出した。
◆ ◆ ◆
「ふぅ。今回の大氾濫はどうにかなりそうじゃの?」
学園長室に来たワシはホッと一息つく。
「はい。百パーセントとは言えませんが、かなり被害を減らせるのではないかと」
「うむ。そうじゃな。楽観視はいかん。いくら規格外のレイを連れて行こうとも、どうにもならん相手が来る可能性がある」
キリカの言う通りじゃ。ワシとしたことがレイの規格外さになんでもどうにかなると思ってしまった。
反省せねばならん。
魔境の深部がどうなっているのかは誰も分からん。もしかしたら、神級と呼ばれるモンスターがうじゃうじゃいてもおかしくはない。
そうなれば、いくらレイでもどうにもできないかもしれない……まぁ、そんなにいるのなら、すでに人間は滅亡していたじゃろうが。
もしかしたら、その上のモンスターも…………いや、それはあるまい。
ただ、レイがサポートに入ってくれることで
つまり、それだけ安全になるということじゃ。それだけでも僥倖と言えよう。
「こちらもできるだけ万全の準備をしておこう」
「そうですね」
ワシらは来る大氾濫に向けて準備を進めた。
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